16歳の滞在記。誇り高き非植民地国エチオピア、魔法の言葉「インネブラ」

こんにちは、第二弾となるこちらのコラムでは、高校生がエチオピアで何をしたのか、についてお話しします!

 

まだ第一弾を読んでいない方はぜひチェックしてみてくだいさい!

 

ありがたいことに、1週間しかエチオピアにいなかったのに、想像を超えるような濃い経験をさせていただきたました。ミルクや靴の工場を見学したり、市内や郊外にある現地の小学校を訪問したり、教会や博物館を訪れたり… 他にもたくさん!

 

ツアー中は疑問が次々と生まれ、一緒に行った仲間と質問攻めをしてしまいました。でも皆さんがとても丁寧に答えてくださり学びがより一層深まりました。そしてそこはやはり、エチオピアなので、予想だにしなかった答えが返ってくることもありました。

 

その中でも印象に残ったエピソードをいくつか紹介して来た行きたいと思います!

 

窓にある謎の記号・・・。

 

エチオピアの首都アディスアベバ市内を車で走っていると、見る窓見る窓全てにバツの印が描かれています。それも車のディーラーでも工場の窓でもどこでも描いてあるのです!

 

気になって聞いてみると、当たり前のように「人が間違えてぶつからないためだよ」と言われました

 

え?

 

自分では結構色々考えたのになんだか逆をつかれたと言うか、シンプルすぎて腰が抜けちゃいます。でもこういうのが私は好きです。

 

アフリカの人は目がいいとか決めつけてはなりませんな…それにしても窓くらいは見えると思ったけど。

 

こんな出来事からも自分がいかに普段から物事を真剣に捉えすぎているのかに気付かされます。気ままに暮らしているところが私は大好きです。

 

エチオピアでの魔法の言葉「インネブラ」

 

お土産屋さんに行った時の話。私は買い物を終えてみんなを待っていると、店員のおばさんたちがお店の前でお昼を食べ始めました。

 

エチオピアの人がご飯を食べるときは楽しそうだしのんびりしていて、なんだかずっと見てしまいます。

 

ぼけっと見つめている私を見かねて、おばさんたちが手招きをしてくれました。私は言われるがままに彼女らの輪に入り一緒にご飯をいただきました。すごく和やかなムードで幸せでした。

 

しかしそんなのもつかの間、食べたのはとても辛いインジェラ(エチオピアの伝統料理)で口の中がヒリヒリして、とても楽しく会話を楽しむことなどできません!

 

エチオピアのおばさんは笑って水を勧めてくれますが、お腹を壊すのが怖くてなかなか飲めず。急いで自分で持ってきたペットボトルをゴクゴク飲み、落ち着きました。

 

ランチひとつをとっても、エチオピアのおばさんの寛大さや生きる力の強さを感じ取らずにはいられませんでした。

 

エチオピアには「インネブラ」という言葉があります。

「さあ一緒に食べよう」と言う意味です。この言葉にはぬくもりがあってエチオピアを表現するのにぴったりな言葉です。

 

エチオピア人は元気いっぱいで陽気なアフリカのイメージとは少し異なり、シャイで控えめな人が多いのです。でも互いに声を掛け合って、支えながら暮らしているのが伝わっています。

 

エチオピアの進学校に潜入!

 

私がスタディーツアーのプログラムの中でも一段と楽しみにしていたのが、一日高校留学です。

 

前回の記事でも話したように、メンバーそれぞれに現地の高校生がついてくれて、彼らと一緒に授業を受けさせてもらうもらいました。これは観光で行ってもなかなかできない貴重な体験だと思います。

 

 

エチオピアの高校では、公用語であるアムハラ語の授業以外全て英語で行われます。そのため授業についていけなくなり、高校への進学率もあまり高くありません。

 

しかし、達が訪れたのは現地でもトップレベルの高校で、とてもレベルの高い授業が行われていました。物理の授業に至っては私は言っていることが全く分からず、みんながすらすらと問題に答えているのに驚きました。

 

そして今でも鮮明に覚えているのが歴史の授業です。

 

エチオピアは世界に4カ国しかない、植民地化されていない国の一つです。イタリアの支配下にあった時代もありましたが、植民地化されるのは自分たちの力で防ぎました。それは今でもエチオピアの人の大きな誇りで、今回の旅でも何度も耳にしました。

 

もちろん、歴史の授業でもそのことを扱います。私が出席したクラスはたまたま第一次世界大戦についてでした。そこでもエチオピア軍が攻め入ってきたイタリア軍に勝利を収めたアドワの戦いの話が出てきました。それは世界分割が進む時代の中でヨーロッパ軍が負けるという珍しいケースで、日露戦争と似ているために私にも話が振られました。

 

日本はあのとき何がしたかったんだ?

 

と聞かれてドキッとしました。下手な回答をしたらどうしよう。私自身日本の中学校に通った経験がないこともあって、きちんと日本史を習ったことがなく、本で読んだりした自分の知識の範囲でしか答えられませんでした。

 

幸い私の親は日本の歴史などについて時々教えてくれる機会があったので、なんとか先生の求めていた回答ができましたが、日本についての知識不足を思い知らせれました。日本人として基本的なことは知っていて当たり前だし、海外に行くならなおさらもっと自分の国について知っておくべきでした。

 

このようにヒヤヒヤしながらも、なんとか授業をこなしていった私ですが、とても興味深い授業がありました。

 

「高等教育も初等教育と同じようにアムハラ語でやるべきか」というディベートを行なっていたのです。

 

私のバディーに意見を聞いたところ「アムハラ語でやるべきだ」と言っていました。

 

なぜ、私たちには言語があるのに英語で学ばなきゃいけないの?

 

彼女の言葉に、私の常識がひっくり返されました。

 

日本語で授業を受けられるのがいかに恵まれているのか、考えたこともありませんでした。

 

アフリカには自国の言葉が現在も公用語として使われている国はとても少ないのです。せっかくエチオピアの文化が残っているのに英語で授業をするのは勿体無いと思いました。

 

確かに学習言語に適応している言語はあまり多くありません。しかしこうやって議論を重ねて文化や自分の国について深めていくことが大切だと思います。

 

現地での体験をより多くの人たちに!

私のエチオピアでの経験はいかがだったでしょうか?

 

印象的な出来事をピックアップして書きましたが、他にも書き切れないくらい沢山のことを学びました。

 

駐在で行っても、旅行で行ってもできないような体験をさせていただきました。

 

そしてエチオピアで過ごした1秒1秒がとても大切でした。ただ車に乗っているだけでも気づくことが色々あります。

 

この経験は私の人生に影響を与え続けると思います。

 

そんな素晴らしいツアーに参加でき、とてもありがたく思っています。そしてこれからより多くの人が様々なことを経験できる世の中になっていくことを願っています!