こんにちは!
パンアフです(*´ω`*)

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今回は、約30年前からアフリカに魅了され、現在もアフリカへ貢献しているお二人に、あの頃のアフリカと今のアフリカについてお聞きしました!!

【パンアフOG・Gさん】

 

現在もスワヒリ語講師、スワヒリ語スピーチコンテストの弁士アドバイザーなどとして、お世話になっている先生です🌸

1ご自身の経歴を簡単に教えてください。(進学・アフリカ渡航歴・仕事など)

 

在学時(1980年)にケニアにスワヒリ語留学。

帰国前にガーナも訪問。

卒業後は客室乗務員養成学校で英語講師。

結婚後自宅で英語教室を主宰し、2005年からは小学校の英語活動にも従事。

2013年からスワヒリ語の非常勤講師も勤める。

これまでケニアに5回、タンザニアに1回渡航。

 

二枚とも1980年のガーナにての写真。

上はフーフーを作っているそうです!
(フーフー=キャッサバやヤム芋をつぶして作ったお餅のような主食)

 

2 学生時代のアフリカでの印象的なエピソードを教えて下さい。

 

初めてのケニアでは、マタトゥという乗り合いタクシーで田舎に連れて行ってもらった時に、中学生かと思われる幼顔で背の低い運転手が猛スピードで飛ばし、いつ車が横転するのか、と生きた心地がしませんでした(笑)

 

滞在中に自身も運転免許を取得して、サファリパーク内でランドクルーザーを運転させてもらう機会があったが、イボイノシシを夢中で追いかける内に柵に接近し、急斜面でニッチもサッチもいかなくなり、やはり死ぬかもしれないという経験をしました。

イボイノシシを夢中で追いかけるというのがまたアフリカンですねw

 

他にもエピソードが!

 

仲良しになった友達がキクユ族の名前である「ワンガリ」を命名してくれて、留学仲間では今もその名前で呼ばれています^^

 

3現在の(最近行った)アフリカを見て、変化したところを教えて下さい。

 

昨年夏に訪れた時は、プラスチックゴミの被害を食い止めるために、マイバッグの使用が法的に施行され、みなが遵守していた様子に感銘を受けました。

 

2018年ナイロビ大学ワサンバ学部長とモンバサでの写真

 

4学生時代のスピーチコンテストでのエピソードを教えて下さい。

 

私の在学中はまだスピコンはありませんでした。

 

でも第1回から毎回聴衆として参加しました。

 

第20回(2010)に弁士として出場し、第1位、創立者賞を頂きました。

 

5これからの時代を担う者たちへアドバイスを!

 

日本にいるとアフリカは遠い大陸と感じますが、向こうから日本に近づいて来ていると思います。

 

また、一度訪れれば、アフリカの圧倒的な魅力にはまり、魂のふるさとになること間違いなしです!!

 

魂のふるさとかぁ。アフリカがまだ遠いと思っている人たちにも届いてほしいですね。

 

【パンアフOG・Aさん】

 

去年のスワヒリ語スピーチコンテストで日本人審査員を務めてくださいました。ラインでもスワヒリ語で挨拶してくださる、素敵なOGさんです^^

 

1ご自身の経歴を簡単に教えてください。(進学・アフリカ渡航歴・仕事など)

 

大学時代に3週間、11ヶ月と2回、東アフリカに滞在しました。

 

卒業後、アフリカへの夢を抱えていたので、日本で働きながら主にケニアに短期渡航をしていました。

 

その後、タンザニアのダルエスサラーム大学の大学院に進学し、卒業後、タンザニアで仕事をしています。

 

学生時代にめちゃめちゃアフリカにハマっていますね!!

 

2学生時代のアフリカでの印象的なエピソードを教えて下さい。

 

初めて行ったアフリカでは、大草原の中を駆け抜けて私たちの方に走り寄って来た子どもたちがいました。

 

夢に見ていた通りの素晴らしい情景に感動する私たちに、子どもたちが「お金ちょうだい」と手を出した時の衝撃は相当のものでした。

 

自分が勝手に描いていたイメージとアフリカの現実には大きな隔たりがあることを知りました。

 

その後の滞在では、まずはありのままのアフリカを見て知りたいと努力をしてきました。

 

やはりその場に行って、その目で確かめること、そこで何ができるのかを考えることが大切なんですね。

 

3現在の(最近行った)アフリカを見て、変化したところを教えて下さい。

 

タンザニアの20年前と今を比べると、インフラは格段に良くなっています。

 

道路による流通の発展で多くのものが地方と都市を行き来し、経済発展を遂げています。

 

電気網の発展で配電地域は広がり、以前頻繁に起こっていた停電もずいぶん少なくなりました。

 

水道管の改善により、水道水がきれいになり、配水地域も広がっています。

 

通信網が発展し、光熱費の支払いも携帯電話で行えたり、タクシーアプリが活用されていたり。

 

ある意味、日本より便利なところもあると思います。

 

タンザニア南部の村に日本の援助で10数年前に作られた給水施設。現在まで大切に使われ、水道がひかれたことで村が拡大しています。(2017年撮影)

 

4 学生時代のスピーチコンテストでのエピソードを教えて下さい。

 

初回の開催に奔走しました。

 

スワヒリ語を本格的に勉強している人もいない中での開催準備で、多くの人から時期早々と言われたにも関わらず、まず自分たちから!の意気込みで始めたのだと思います。

 

大変なこと、迷惑をかけたことなどもたくさんあったと思いますが、結果、現在まで28回の開催がなされ、多くの学習者の成果発表の場になってきました。

 

また創価大学でも数年後からスワヒリ語の授業が行われるようになりました。

 

「時期」は待っていても来ない、自分たちから作るのだ、という気概は間違っていなかったと感じます。

 

支えてきてくださっている方々に感謝しています。

 

第一回スワヒリ語スピーチコンテストでは弁士としても登壇していました。(1991年)

 

その言葉を聞いて身がしまります。私もAll about Africaのスワヒリ語教室でしっかり学ばなきゃ!笑

 

5これからの時代を担う者たちへアドバイスを!

 

今の世の中、日本だから、アフリカだから、といった場所の違いは小さくなってきています。

どこにいても、異なる価値観を学び、認め合っていく姿勢が求められていると思います。

全てを知ることは誰人もできません。

 

それを補うのは想像力だと思います。

 

自分の身近にいる人からまず学ぶ、その人を大事にしていく中で、自分と異なる価値観がどこから来ているのか、どういった意味があるのか、を知ることができると思います。

 

アフリカは広いです。

 

同じように日本のあるアジアも広いです。

 

目の前に見えることから、その裏にある何千倍もの現実を「想像」できる力を養っていくことが重要かなと思います。

 


 

お二人ともインタビューありがとうございました!!

 

筆者はアフリカ好きのパンアフ部員でありますが、未だアフリカ渡航経験なしです。(自称アフリカンエッグ。アフリカloverの卵みたいな。)

 

 

日本の大学にいてもアフリカを少しでも身近に感じられる環境に居させてもらえることに感謝しています。

 

All about Africaさん、パンアフに属させてもらえたこの感謝を胸に、充実した渡航を果たしたいです。

 

 

最後までお読みになっていただきありがとうございます!

これからもパンアフをよろしくお願いします。