引きこもりから理想郷スーダンへ。社会問題に向き合う日本人ムスリム

初めまして、ALL ABOUT AFRICAで記事を書かせていただくことになりました、齊木隆太朗と申します。周りからはタロウと呼ばれています。また私は改宗ムスリムとしてアラビア語の名前リヤードをつけてもらい、Twitterなどではリヤード齊木を使い発信しています。

パニック障害、引きこもり、そしてスーダンへ

まずは簡単に経歴を書かせていただきます。神奈川県横浜生まれの31歳男。周囲になじめない性格がわざわいし、就活の雰囲気に耐えられずパニック障害になる。電車に乗ると動悸がして倒れるため引きこもりがちになり、就職先が決まらないまま大学を卒業。家に引きこもったり海外を放浪したりを3年繰り返す。

人生の先行きに不安を感じ、教員採用試験・自衛隊・青年海外協力隊の3つに絞り就職活動をする。全てから内定をいただいたが(教員は非常勤)、青年海外協力隊に行くことに決めてスーダンへ。2年間の活動中にイスラム教に改宗。

任期終了後、再び日本で就活するが身が入らずスーダンに戻ってくる。そしてスーダン人の女性と結婚。現在は、スーダン人に日本語を学ぶことができる環境づくりをしています。

与えられる情報は断片的。リアルなスーダンを知って欲しい

日本人にとってスーダンは馴染みがなく、よくわからない国の一つです。スーダンのイメージは何という質問をしたら自衛隊が派遣された(これは南スーダン)、内戦で危険な国といった負のイメージがでてくると思います。私自身がそうでした。

しかし、実際にスーダンに来てみると何のことはない、穏やかな人々が笑い合って暮らしています。

メディアが作るイメージは断片的な情報に過ぎず、与えられた情報を拡大して解釈し信じてしまう怖さを知りました。幸運にも現代はインターネットが発達し、だれでも情報が発信できるようになりました。スーダンに住んでいるからこそ発信できるリアルな情報を発信し、スーダンについて多くの人が興味を持っていただけたら嬉しいです。

悩んだ自分が見つけた理想郷スーダン

就職活動でパニック障害になり苦しんでいるときに読んでいた沢木耕太郎『深夜特急』の第4巻なかに私の好きな話があります。

今手元に本がなく記憶が定かではないのですが、たぶんオランダ人だったとおもいますが、その青年は所持金がなく誰かの食べ残しも食べるような暮らしをしていました。ある日、沢木耕太郎は彼が物乞いの子ども2人と話をしているところを見つけます。お金のない彼がポケットから全財産であろうコインを3枚出して、2人の物乞いの少年に1枚ずつこれは君の分とジェスチャーで伝え、残った一枚は自分の分といって自分を指差しました。すると、少年たちは笑顔で一枚ずつ手からコインを取っていき、青年も一枚のコインを握りしめる。物乞いを拒否していた自分はなんだったのだろうかという話です。

この話を読んだ時の頭に稲妻が走ったような強烈なインパクトは、『深夜特急』の内容のほとんどを忘れてしまった今でも鮮明に覚えています。私もこの青年のようになりたいと思いましたが、これはあくまでも本の世界の話しで現実にあろうはずもないことはわかっていました。

ところが、青年海外協力隊でスーダンに赴任した初日、私の頭に再び稲妻が走ったのです。

バスの乗り方が分からず困っていた時に声をかけてくれた青年は、私の手を引っ張って乗りたかったバスまで案内してくれました。海外では親切な人ほど危険で、あとからお金を請求して来ることはよくあることです。きっとお金を請求して来るだろうと身構えていたら、グッバイといって笑顔で去って行きました。まあここまではよくある話で、親切な人と出会えてよかったぐらいにしか思っていませんでした。

無事目的地に着きバスから降りるため運賃を払おうとしても、どうしても運転手はお金を受け取らないのです。周囲も何か私に言っています。この時、青年が私のバスの運賃を払ってくれていたことに気が付きました。青年はなにも見返りなど求めずに、さも当たり前であるかのように親切にしてくれたのです。スーダンに来たばかりで不安を感じていた私にとってこの優しさは、スーダンで暮らすことの不安を全て払拭してくれたのです。今でもこの出来事を思い出すたびに熱いものがこみ上げてきます。

社会全体に溢れる助け合う心

スーダンで暮らすうちにわかったのは、この青年が特別な存在だったのではなく社会全体が助け合う心で溢れていることでした。

道を歩いているとお茶をご馳走してくれたり食事に招いてくれたり、バスの運賃も払ってくれたりするのです。彼らは決して裕福ではありませんが、人のためにお金を使うことを厭いません。友人のスーダン人になぜスーダン人は人のためにお金を使ったりして貯金しないのかと尋ねました。すると予期せぬ答えが返ってきました。

「お金はただの紙でしょ、使わなきゃ価値がないじゃん」

言われてみればたしかにそうですが、日本では年金がいつから開始されて老後までに貯金がいくら必要だとか、子育てにはお金がかかるから子どもはいらないとか、お金を貯めることに価値感が置かれています。一方、スーダンではお金を貯めこむことよりお金を使って信頼関係を作っていくことのほうが価値があります。そして、この暮らし方は、私が理想としフィクションだと思っていた『深夜特急』の世界が現実に再現された世界だったのです。

崩れゆく理想郷

お金を使う方が価値があるという言葉が理解できたのは、スーダンに住み始めて半年したぐらいからです。赴任当初のドルとスーダン貨幣の交換レートは1ドル15スーダンポンドでした。500mlのコカ・コーラが5ポンドでした。ところが、半年経つと交換レートが1ドル25ポンドほどになり、コカ・コーラの値段が8ポンドに値上がりました。これはスーダンポンドの価値が下落して、輸入品の値段があがったことを意味しています。もちろん給料は以前とほとんど変わらずに物価だけがあがっていくのです。

3年後の今2020年3月、スーダンポンドの交換レートは悲惨なことになっています。

たったの3年で1ドル100スーダンポンドにまでスーダンポンドの価値が下がってしまっています。そして現在500mlのコカ・コーラの値段は30ポンド、3年前の6倍の値段になっています。もちろんこの物価の高騰はコカ・コーラに限ったことではなく、全ての物品が6倍になっていることを表しています。

給料が変らないのに物価が6倍という状況を日本で考えますと、初任給20万で牛丼が今の6倍の値段2300円ですから、一日3食牛丼を食べたらお金は全てなくなる計算になります。スーダンではこのような事態が起きています。人々はもっと生活が苦しくなるのではないかという底の見えない恐怖のなかにいます。そして人を助ける心の余裕がなくなってしまっています。このままでは理想郷は崩れてしまうのは時間の問題なのかもしれません。

次の記事では、なぜスーダンがこのような現状に至っているのか書いていこうと思います。