こんにちは。今回は医学生によるザンビア診療所建設挑戦記の第三弾となります。

 

前回、前々回の記事はこちら。

 

 

ザンビアに診療所を建てる!

 

2017年の春に決断してからこれまでの間、“ザンビア”4文字が頭から離れることはありませんでした。来る日も来る日もお好み焼きを焼き続け、資金調達に明け暮れました。

 

デートとお好み焼きを天秤にかけ、お好み焼きを選ぶほどののめり込んでいた甲斐があったのか、ザンビア・ブリッジの活動は順調に続いてきました。

 

これまでに集めた資金300万円を使い、現地での建設は徐々に進んでいます。

最初に完成した医療従事者用の住居

  

診療所の運営に必要な施設の内、医療従事者の住居は既に完成しました!

 

この地区出身の議員が突如寄贈して下さったこともあり、この住居に加えて井戸が掘られ、水汲みポンプも設置されました。近々選挙があるため、議員が変わってしまうのかどうかは不明ですが、非常にありがたいことです。 

既に完工した施設を利用して巡回診療を開始!

 ザンビアでは11月頃から5月頃までが雨季となります。その期間は道路事情が著しく悪くなり建設を進めることができません。

 

なんとかこの建設途中の施設を有効活用できないか

 

村のリーダーや現地保健局と話し合った結果、診療所そのものが完成し運営が始まるまでの間、巡回診療の拠点として使用することに決めました。

 

最寄の診療所に勤める看護師が月1回の頻度で村を訪れ、ワクチンの接種や周産期の管理といったプライマリケアを提供してくれる場です。 

巡回診療の様子

 

現地からの報告を聞いていると、プロジェクトは予想以上に順調に進んでいるような気がします 

 

しかしながら、日本とは文化や歴史、商習慣の異なるザンビアで事業を進めていくことはそんなに簡単なことではありませんでした。

 

私は、村人たちの笑顔を見るために訪れた2回目の現地渡航の際、悔し涙を流すことになったのです。

主体的な活動支援の難しさ

診療所を建設するために必死に頑張った。村の人たちは喜んでくれているかな。

 2回目の現地渡航で抱いていた私の淡い期待は裏切られます。一人の村人に衝撃的なことを言われたのです。 

村人へのインタビューの様子

 

お前、去年も今年も来て、何をやってるんだ。診療所はまだできないのか?

彼は知りませんでした。

日本の学生たちが、診療所建設のために奮闘しているということを。


さらに調べてみると、村人たちが拠出すると約束した金額の内、3分の1も集まっていませんでした。日本での頑張りと村人たちとの温度差に、私は涙が止まりませんでした。

 

自分たちの1年の努力は何だったんだろう。この人のために頑張ってきたつもりだったのに、全てが水の泡じゃないか。

 

私たちがマケニ村を支援すると決めたのは、村人たち自らが動き出していたからです。

 

しかしながら、そんな彼らでさえ、いわゆる「先進国の支援」が介入し受け身な姿勢へと変わってしまいました。ただ、国際協力の難しさを痛感すると同時に、一つのことに気付きました

 

それは、「僕たちの役割は、自ら立ち上がった村人たちのサポートであり、診療所建設のために頑張りすぎてはいけないのだ」ということです。

 

「課題を抱えた当事者である村人たちの主体性を欠いてはならない」

 

建設する診療所が、継続的に自走でマケニ村の命を守る拠点として機能しなくてはならないからです。

自立支援が難しい理由

ではなぜ、自らレンガを作り、資金の拠出もやると意気込んでいた村人たちが、このように受け身な姿勢になってしまったのでしょうか。その原因は大きく2つあると考えています。

1.伝統社会における力関係

住民たちが村で活動する際には、踏襲性で村を治めている村長の許可が必要です。例えば、住民による診療所建設のための“委員会”が、村人たちから建設に必要な資金を集める際は、村長が集金の窓口になっています。

 

しかしながら、村長が資金の一部を着服してしまうといった事態が起きており、これが住民の主体性を低下させている理由の一つだと考えられます。

2.情報インフラの未発達による情報共有の欠落

現在、診療所建設に関する連絡は、「日本⇔現地NGO⇔建設委員会⇔村人」という順番で行われております。現地には携帯電話が普及しているものの、“直接会う情報共有”が主流です。

 

現地NGOのキャパシティーの問題もあり、彼らが直接村まで足を運ぶ機会が少ないため、診療所の建設に必要な資金はいくらか、現状いくら集まっているのかといった情報が建設委員会まで伝わっていない現状があります。

 

また、建設委員会まで情報が届いたとしても、それを広大な土地に家が点在している村の中で共有することは非常に困難です。これらによって情報がうまく共有されず、村人たちが受け身になってしまうと考えられます。

 

上記2つの原因を乗り越えなければ、村の人たちが中心となった医療を創り上げることはできません。ただ、日本から遠隔でサポートしていくには限界があります。

日本からザンビアへ

私は来年度、大学を休学し1年間ザンビアに行く決意をしました。村人たちが自ら立ち上げたこの診療所建設プロジェクトを必ず成功させ、マケニ村に医療を届けてきます

 

時間はかかるかもしれませんが、村人たちと共に診療所を作ることこそが、この診療所が地域に愛され、さらに他の村々にも夢と希望を与えるシンボルとなるのだと信じています。

 

ザンビアが独立したのは、19641024日。日本では最初の東京オリンピックの閉会式が行われていました。その日、日本は諸外国で初めてザンビアの国旗を掲げたと言われています。

 

私たちが目指す診療所の完工は、2020年4月。はからずも2回目の東京オリンピックの年です。

50年を超える月日を経て今度は私たちが日本からの想いを診療所というカタチでザンビアに届けます。

 

〜想いがカタチになるまでに〜

「ザンビア・ブリッジ企画活動報告会」開催決定!

ザンビアでの活動を立ち上げてから早2年。
私自身は日本での活動に一度区切りをつけ、ザンビアにフィールドを移します。
日本では引き続き、仲間が挑戦を続けます。

ザンビアに行く前にこれまでの軌跡とこれからの展望を皆さんにお伝えできれば幸いです。

3月9日(土)18:00〜
赤羽でお待ちしております!


☆イベント詳細

【日時】
2019年3月9日(土)
18:00〜20:00(受付17:30)

【場所】
赤羽会館 3階第2集会室
〒115-0044 東京都北区赤羽南1-13-1

【定員】
35名(定員に達し次第お申し込みを締め切らせていただきます)

【参加費】
3,000円 食事+ドリンク付き(当日現地払い)

【アクセス】
JR赤羽駅東口(京浜東北線、埼京線、高崎線、宇都宮線)徒歩5分
地下鉄南北線赤羽岩淵駅徒歩10分

【申し込みフォーム】
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScqSFccxidBrB87jSHNNWNNTf_JjY1j01nh68axOTm3JT8CLg/viewform?usp=sf_link

【キャンセルポリシー】
やむを得ずキャンセルされる方は必ず下記の連絡先までお伝えください。食事の用意の関係もありますので、2日前以降のキャンセルは受け付けておりません。キャンセル料が発生しますのでご了承ください。

【お問い合わせ】
IFMSA-Japan Africa Village Project
ザンビア・ブリッジ企画
宮地貴士(代表)
Mail: zambiabridge2017@gmail.com

詳細はこちらのイベントページをご覧ください。
https://www.facebook.com/events/212068303061922/?active_tab=about