はじめまして、ばんゆかこといいます。現在南アフリカ滞在2ヶ月目。ヨハネスブルグからお伝えします!

ばんゆかこって誰?

2018年夏、コンサルティングファームを退職して、高校生の頃から関心があったアフリカに来ています、ばんです。

まずは簡単に、筆者であるわたし自身について紹介します。(どうでもいいよ!という声もあるかもしれませんが・・・)

中東→インド→東南アジア→アフリカ

学生時代は、ICUという大学で経済と国際関係について学びながら(卒業論文はパレスチナの経済について書きました)、”日本中東学生会議”という団体で代表をしてました。代表引退後は、イスラエルのネゲブ砂漠の真ん中にあるキブツ(※1)の食堂で働いたことがあります。アラビア語とヘブライ語をかじり、いわゆる”中東”と呼ばれる地域を行き来していたので、北アフリカのアラビア語圏の学生とは交流がありましたが、アフリカとはあまり縁はなく過ごしました。

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ヨルダンの首都アンマンにて

(※1 キブツ:ヘブライ語で「集団・集合」を意味する。イスラエル国内に270ほど存在する、集産主義・共産主義的な共同体。コミュニティメンバーの平等、貨幣を使わない生活などが共同体の理念にある。詳しく書くとコラムになってしまうので、今回はここまでで割愛。)

大学4年~会社員の間はインドにもはまり、2年くらいの間に4回渡航しました。(まだこれからも行くつもりです)インドの先住民のひとつであるワルリ族の家にホームステイをして、インドの民族芸術にはまります。

新卒で入社したコンサル会社では、東南アジア(カンボジア・ラオス・ミャンマー・タイ・インドネシア)に関わる仕事をしていました。

ちょっとコンサル以外のことをしたくなった社会人2年目で、世界青年の船(※2)に参加。船をきっかけに人生を考え直し、コンサルを退職。初のアフリカ大陸に上陸します。船に一緒に乗っていた南アフリカ人と一緒にヨハネスブルグにいます。だいぶ南アフリカバイブスに慣れてきたところです。

(※2 世界青年の船:日本の内閣府が主催している国際交流事業のひとつ。世界10ヶ国+日本から代表青年が集まり、約2ヶ月間共同生活をする>>詳しくはこちら

と、欧米文化の影響が強い大学で、中東について学び、インドに通い、東南アジアに関わる仕事をしたあと、今南アフリカにいる私(だいぶ雑な説明ですが)からみたアフリカをお伝えしていこうと思います!(私個人としての、これからのアフリカとの関わり方については、また後日・・・)

アフリカの先進国!?南アフリカってどんなとこ?

All About Africaのライターさんの中には、東アフリカに行く人が多いように思います。それに比べて、南アフリカに訪れる人は、相対的に少ないように感じています。

みなさんは南アフリカについて、どのようなイメージをもっていますか?

「南アフリカ」、と聞いただけだと、アパルトヘイトやネルソンマンデラなどが浮かんでくる人がいるかも知れません。

では、いざ南アフリカに行ってみようかな・・・と思ってネットで検索してみると・・・恐ろしい情報ばかり!!!

 

例え昼間であろうと、街中を呑気にスーツ姿なんかでぶらぶら歩いていると、あっというまにホールドアップに遭ってしまう危険性がとても高くなります

女性2名が、バックパッカーズホテルで宿泊中(部屋の鍵は無施錠)に外から黒人に侵入された。パスポート、現金、カメラ、パソコンなどを盗まれた。

軍人上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じような体格の20人に襲われた。

etc...

これ、すべてほんとの情報だったら一般の人は住めないですよね?ヨハネスブルグには、日本の大手商社や自動車メーカーなども拠点を置いていて、駐在している方々もたくさんいらっしゃいます。たしかに、治安がいい、とは決して言えない地区もあり、地域によってかなり差がありますが、一般市民も生活できます。

ヨハネスブルグ市内

ヨハネスブルグにある公園。子どもものびのびを遊んでいます

ちなみに、治安についてはブログに詳しく書いています>>こちら

実際に私もヨハネスブルグに滞在していますが、地区によっては暗くなってからUberを乗って帰宅しても問題ないところもあります。聞くところによると、ヨハネスブルグの治安はここ10年で大幅に変ってきているそう。2010年のワールドカップをきっかけに再開発が始まり、廃墟が大幅に減り、警察も精力的に働いています。ヨハネスブルグに住む南アフリカ人曰く、昔に比べて警官がちゃんと仕事をするようになった(=賄賂を求めることも少なくなった)そうです。

治安向上の一例として、10年前は外国人観光客が寄りつくことが出来なかったような治安の悪い地区、ヒルブロウでも観光客向けのツアーが始まったり、街は着実に変化しています。(>>参考

ストリートミュージシャン

南アフリカは経済的にも発展しており、アフリカ大陸で唯一、スターバックスやH&Mなどが進出していることからも経済成長を感じることができます。

南アフリカには、黒人の人だけでなく、欧米系の白人の人も多く住んでいて、また植民地時代につれられた人々の子孫であるインド系やマレー系の人もよく見かけます。都市部には、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪の毛を覆うために付けるスカーフ)をしたアラブ系やトルコ系のイスラム教徒、そして中国系の人もいます。

ヨハネスブルグのスターバックス

ヨハネスブルグ・ローズバンクにあるスタバの風景

 

このように多様な人がいることから、南アフリカは「レインボー国家」とも呼ばれています確かに、ヨハネスブルグのスタバに行くと、本当にいろんな人種の人がいて、一瞬自分がアフリカにいるのかどこにいるのかわからなくなります笑

今も残る、アパルトヘイトの傷跡

さらっと街の中心部を歩いただけだと、アパルトヘイトを乗り越え、多様な人々が共生しているように見えます。が、実際のところ、アパルトヘイトが終わって、人々の生活はどのように変化したのでしょうか?

1994年に終焉したアパルトヘイト。肌の色による差別が合法化されていたこの制度が始まったのは1948年ごろというので、約半世紀も続いていたのです。

1994年というとものすごく最近のこと。日本のゆとり世代やミレニアル世代が生まれた頃がちょうど変革期ということになります。ゆとり世代の親世代は、アパルトヘイトまっただ中を生きてきた、と思うとイメージしやすいかも知れません。

"差別"の後に残った"格差"

現在の南アフリカでは"差別"をするのはもちろん違法ですし、むしろアパルトヘイトの歴史があったため、日本よりも差別的発言などに厳しい面もあります。

しかし、今南アフリカでもっとも大きな問題のひとつは「格差」です。アフリカトップクラスに発展している一面がある一方、貧困地域から抜け出せない人や義務教育を終えることもできず路上で生活している人も多いのです。実は、南アフリカの失業率は世界第2位(2017年)。特に若者の失業率は深刻で、2018年1Qの15歳から34歳の失業率は38.2%。つまり、若者の3人に1人が失業しているのです

そしてこの格差の裏には人種の違いがあります。白人の平均収入は黒人の4.5倍、カラード(混血の人)の4倍にもなるのです。旧特権階級である白人と、それまで虐げられてきた黒人やカラードの人の間には、経済的な格差が今でも根強く残っています。

これは、アパルトヘイト時代に作られた構造が残したものだといえるでしょう。

「アパルトヘイト終了!」「みんな同じ教育をうけていいし、住む場所も仕事も自由!」となったとしても、それまでに生まれた経済格差や教育格差は簡単には消えません。半世紀以上、経済面・教育面でハンデを負ってきた非白人の人は、元々特権を持っていた白人の人々とはスタートラインが異なるのです。人種差別政策が残した大きすぎる遺産です。

なくなりつつある差別と、今でも生きているステレオタイプ

つい最近まで半世紀も、住む場所も、受ける教育も、職業も、人種によって異なっていました。人種をまたいで交際することももちろん御法度。今では、肌の色によらずにすべての人に対して、教育や仕事がオープンになっています。南アフリカ人の中には、「今は南アフリカに差別はないんじゃないかな」と言う人もいます。しかし、未だに「無意識的な差別」や「人種によるステレオタイプ」、白人優位の制度の名残がある、と言う人もいます。

白人の奥さんと黒人の旦那さんが一緒にドライブをしていたら、旦那さんが使用人の運転手だと勘違いされた

白人と黒人のグループでレストラン食事をして、黒人が会計を頼んでも、だいたい白人のところに伝票がくる

南アフリカトップの大学の一部の授業やオリエンテーションが、アフリカーンス語(オランダ系白人の母語で、黒人やアジア系の国民の中で理解できる人が少ない)のみで行われる


など、様々なエピソードを聞きました。あからさまな差別はなくなったとしても、日常のちょっとした場面で違和感を感じているひともいるようです。

 


 

このように、南アフリカはまだまだ課題を抱えています。しかし、世界史に残る人種差別政策を乗り越えながら、多様な人種の共存に向けて進んでいく姿からは、私たちも多くのことを学ぶことが出来ると思います。

ネルソンマンデラハウス

アパルトヘイト!治安が悪い!くらいしか知られていない南アフリカについて、少しイメージを広げることが出来たでしょうか?

"南アフリカの今"を、また、東アフリカだけじゃない、アフリカのカラフルな一面が、もっともっと伝わりますように。