【ウガンダの元子ども兵と向き合う】テラ・ルネッサンスで働くオケロ・リチャードさんにインタビュー

みなさんこんにちは!ケニアの島で生活中のたくみ(@nakano235.tk)です。

今回はインタビュー記事第2弾ということで、ウガンダ北部のグルという町に行って来ました。

 

インタビュー第1弾はケニアから👇

 

ここには、元子ども兵の再統合や貧困層の支援を行っている日本のNGOテラ・ルネッサンスが拠点を置いています。

 

訪問させていただき、テラ・ルネッサンスでプロジェクト管理補佐として働くオケロ・リチャードさんにインタビューをさせていただきました。

 

今回ご案内してもらった、テラ・ルネッサンスインターンの田畑勇樹さん(@t_b_39paaas)の書いたこちらの記事を読んでいただくと、より一層今回のインタビューをより分かりやすく読んでいただけるかと思います!

 

グルの現状

実はこの地域では、2000年代初頭まで内戦が続いていたのです。そしてその内戦中、3万人以上の子どもたちが誘拐され、兵士とされました。貧しさから自ら進んで兵士となった子どもたちもたくさんいます。

「子ども兵」として、自分の住んでいた村を襲撃し、家族や友人を殺すことを強要されたり、銃を持って戦闘の最前線で戦ったり、今も身体に残る傷を負ったり、司令官と強制結婚を強いられたり・・・。たくさんの少年・少女たちが壮絶な体験をしていたのです。(記事より抜粋)

 

丁寧に説明してくれた田畑さん

 

今回のテーマは紛争と復興です。

 

リチャードさん自身も惨禍に巻き込まれ、苦しい生活を強いられたそうです。

 

紛争が終結したからといって、すぐに元通りの平和で安全な生活が戻るわけではありません。

 

僕には計り知れませんが、その現場を見て現実を変えようと活動するリチャードさんの勇姿をお伝えできればと思います。

 

ではどうぞ!

 

元子ども兵と向き合い、職業訓練を通じて過去に立ち向かう

 

-リチャードさん、今回は取材に応じていただいてありがとうございます。最初に自己紹介をお願いします。

 

オケロ・リチャードです。出身はここウガンダ北部の町、グルです。

テラ・ルネッサンスでは2013年から工芸の職業訓練士として働き始めました。現在はプロジェクト管理・補佐の仕事をしながら受益者にビジネスのスキルを教えています

受益者がテラ・ルネッサンスを離れたときに、自立的にビジネスを運営していけるようになる状態を目指しています。プロジェクトの管理・補佐としては、受益者に対する授業を先生や生徒のニーズに基づいて調整したり、オフィスの用具の管理などをしています。

 


デザイン・服飾を学んだ受益者が作った服・アクセサリー

 

-工芸の先生として働かれていたということですが、先生として職業訓練を行う上で難しさを感じる場面はありましたか?

 

もちろんあります。まず、私たちの受益者はほとんどが神の抵抗軍によって誘拐された元子ども兵です。もちろん子ども兵として従事している間は教育なんて受けられるはずもありませんから、彼らはほとんどの場合文字の読み書きができません。

 

職業訓練を行う時には、教育の欠如が学ぶことを妨げてしまっています。テラ・ルネッサンスでは、そうした問題を補うために計算や文字の読み書きといった基礎教育の授業も行っていますが、授業の初めはやはり何もない状態からのスタートなので本当に大変ですね。

 

もう一つは、紛争中に負った傷が痛み続けて授業に集中できない受益者がいることです。弾丸や、地雷の破片が体内に埋まってしまっていて、それが今でも受益者に痛みを与え続けてしまっています。痛みで苦しい中、何かを教えても吸収できませんから、紛争中に怪我を負った受益者に教えるのはとても難しいです。

 

それとチャイルドマザーと呼ばれる拘束から解放された子どもを持つ元少女兵に教えることにも困難が伴います。父親は紛争中に亡くなっていたり、子どもを彼女らに押し付けてきたり、生きていたとしても行方不明になっていたりしているので、チャイルドマザーは子どもを抱えたまま、授業に出席しなければいけません。

 

彼女たちが授業に集中できるように、テラ・ルネッサンスでは、チャイルドマザーが授業に集中できるように子どもの面倒を見ています。

 

 

-お話を聞く限りだと、基礎教育が欠落していたり、体の傷だったり、職業訓練の授業に集中するのは非常に難しいことのように思えます。なにか教える際に特に気を付けていることはありますか?

 

まず何かを学ぶときには、その学ぶ何かを好きにならないといけないと私は思っています。

 

最初は難しい職業訓練も、並行して行う読み書きの授業を受けるにつれて、だんだんと内容を把握できるようになっていきます。読み書きの授業が、職業訓練の授業の理解を促し、新しいことを学べるという楽しさに気づいてもらえるように気を付けています。

 

それに加えて、受益者には自信を持ってもらえるように心がけています。重要なことは、紛争時に経験したことばかりに目を向けるのではなく、今、彼らが過去に立ち向かうために何をしているのかに目を向けることです。

 

それにはもちろん難しさもありますが、すでにテラ・ルネッサンス卒業した受益者と会うことを通じて、刺激をもらうことで自信を培ってもらっています。

 

悲惨な現実を、変えたいと思った。

 

-ここまで事業について教えてもらいましたが、受益者である「元子ども兵」が具体的にどういったことを経験してきたのか教えていただけますか?

 

 元子ども兵は、20年にも及ぶ紛争に駆り出されていました。ここグルで紛争時に生まれた多くの人々は誘拐されています。中には家に、学校にいたときに誘拐された人もいます。学校には誘拐のリスクが伴うので、ほとんど行くことができませんでした。

 

一度誘拐されれば、強制的に兵士になることを迫られます。兵士になれば、当然ですが人権など一切享受できない生活が待っています。

 

食料はまともに配給されず、確保できたとしてもほんのわずかであったり、あるいは腐っていることもしばしばです。

 

当然彼らは子ども「兵」ですから、過酷な環境の中で、自らの手で人を殺めなくてはいけません。子ども兵の中には、自分の親類を殺すことを強いられた者もいます。

 

とてつもなく重い荷物を長距離にわたって歩かせられ、逃げようものなら見つかって罰せられることもありました。こうした紛争時の経験は、私たちの活動を行う上で非常に大きな障害となっています。

 

私たちが元子ども兵の社会再統合を行うに際してまずやらなければならないことは、彼らの心を落ち着かせることです。それから職業訓練が始まります。

 

-リチャードさんご自身のことについてお伺いさせてください。ここ、グルで生まれ育ったということですが、リチャードさん自身も紛争の被害に遭ったのですか?

 

 私は誘拐こそされませんでしたが、つ誘拐されるかわからない恐怖におびえて暮らしました。その当時はよく、草むらの中で寝ていました。母親が朝3時くらいにご飯を用意してくれて、食べた後は誘拐されないように草むらの中に隠れていました。あれはひどい状況でした。

 

草むらの中では自分の周りを囲ってくれる壁もありませんから、虫に食われることを承知で寒空の下眠りにつかなくてはいけませんでした。

 

草むらに隠れているときでさえ、気が抜けません。草むらの中に私たちがいるという痕跡を残さないようにしなくてはいけませんでした。だから、あとを残さないよう、隠れていた場所に戻るときは、来た道を後ろ向きに歩きながら草で覆い隠して戻っていくようにして、見つけられない工夫をしていましたね。

 

私たちはのちに、ウガンダ政府の要請で政府軍の保護区であったグルに行くことになりました。

中心地に住めればよかったのですが、私の家族は中心地に住めるほどのお金がなかったため、グルの中でも端の方に住まざるを得ませんでした。

 

端の方までは軍の保護も追い付いていませんでしたから、私たちは夜間、軍の保護下にある場所まで移動しなければなれませんでした。私たちのような人々はナイト・コミューター呼ばれていました。

 

ブランケットや小さいものなど、母親がくれる必要最小限のものだけもって中心の方へ逃げて行ったのを覚えています。

 

たとえグルの中心の方に住めたとしても、いい暮らしなど待っているわけではありませんでした。

 

すし詰めの中で寝なくてはいけませんでしたし、清潔な水が得られるわけでもありません。医療へのアクセスは限られているし、食べ物も十分じゃなかった。

たくさんの人がそこで亡くなっていきました。

 

-そうした経験があって、リチャードさんはテラ・ルネッサンスでの活動に参画するに至ったのですか?

 

先ほどお伝えしたように私はここで起こったことのすべてを経験してきています。グルでの生活状況がどれほどひどいものだったのかも。その当時まだ私は幼く、何も状況を変えることはできず、ただ見ていることしかできませんでした。

 

紛争が一応の停止を見せた2006年、人々は新しい生活を始めようとしていましたが、そのために必要なものがあるはずもなく、貧困に苦しむこととなりました。

政府も何とか支援しようとしていましたが、1人1人にいきわたるほどの量を行き渡せることはできず、支援は圧倒的に不足していました。

私は、本当に目の前で起こっていたことに突き動かされて、こう思ったのです。

 

「どこか働ける場所さえあれば、自分の工芸を教えるスキルがこの地域を変えるために役立つかもしれない」と。

 

子ども兵の再統合のむずかしさ

-紛争が終わったすぐあと、テラ・ルネッサンスの活動の柱でもある「再統合(Reintegration)」はもっと広義なものだったかと思います。
グルに保護されていた方々が解放されて、元居た場所に戻り復興に向けて動いていくという意味での再統合という側面が過去にあった一方で、今は復興も進み、より狭義な「元子ども兵」の再統合に特に動いていると思います。簡単な仕事でないことは百も承知ですが、再統合の中でどういったところに難しさを感じますか?

 

いくつかありますが、共通しているのは社会的な再統合が非常に難しいということです。

例えば、元子ども兵がもといたコミュニティに戻り、NGOからサポートを受けるとします。それは職業訓練であったり、教育を受けさせるものであったり、あるいは、農具や家を建てるものもあるでしょう。こうした支援は、元子ども兵がコミュニティに戻った後、定住し、普通の生活を歩むために必要なことは確かです。

ですが残念なことに、これがNGOからのサポートをもらっていない人たちの反感を買うことにもなっています。元子ども兵に限らず、貧しい人はたくさんいます。

支援を受け取って家を建ててもらった元子ども兵の家を「神の抵抗軍の家」とコミュニティから呼ばれることもありました。

 

-元子ども兵と向き合い、再統合を進めていくには彼ら一人一人と向き合うがべきだと思いますが、それは簡単なことではないかと推察します。彼らは話すことすらできないような経験をしていますよね。
そんな中でも、彼らの心を開いて向き合っていかなければいけないと思うのですが、そこの壁はどうやって乗り越えてきたのですか?

 

それは確かにそうです。元子ども兵の中には、過去の経験について話したがらない人もいます。なにか質問を聞くときも、「この質問には答えられるけど、これはだめ。紛争のことについて何も聞かないでくれ。」と告げられることもあるでしょう。

私たちは彼らの心を開くために、「共感」をとにかく使っています。同じような苦しみを潜り抜けてきたのだと、彼らが何を経験してきたのか、私たちにはわかると伝えています。また、こうしたセンシティブな話は内密に行うということも、彼らの気持ちをつくっていくうえで大切なことです。

誰かに聞かれたら嫌な経験をしてきているわけですから、「ほかの誰にも言わないよ」と約束することは、彼らの心を安心させることに繋がります。

 

-ここまでありがとうございました。なにか日本の人たちにメッセージがあれば、頂けると嬉しいです。

 

まず初めに、テラ・ルネッサンスにありがとうと伝えたいです。グルでの子ども兵の再統合に取り組んでくれてありがとう。

それに加えて、日本の方々には、子ども兵の問題はとても深刻で、解決のためにもっとたくさんの支援が必要だと伝えたいです。それはウガンダ北部のみだけではなく、ほかの地域でも同じことです。

テラ・ルネッサンスに支援していただいたように、この問題に関心を持って、支援を続けてくれると私としてはとてもうれしいです。

 

-貴重なお時間ありがとうございました!

 

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僕のこの記事執筆は

現地で頑張る現地の人を応援したい、こういう人たちがいることを日本の皆さんにも知ってもらいたい

 

という気持ちから始まりました。しかし、今度は記事執筆という間接的な形でなく、今、まさに目の前で頑張っている現地パートナーのケビンを応援したいという気持ちからこのクラウドファンディングはスタートしました。

 

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プロジェクトページ

https://camp-fire.jp/projects/view/221387