こんにちは、猪股晋作と申します。長崎県の出身です。
私は医学部を卒業後、精神科医として佐賀県の国立病院で勤務していましたが、2015年10月から外務省医務官として西アフリカのギニア共和国に赴任しています。
今日は、私が日本やギニアの仲間と取り組んでいる精神科のプロジェクトについてお伝えしようと思います。
ギニアでの臨床では私とギニア人医師たち、日本での広報・寄付金の募集については木村麻衣子、武岡敦之が担当して進めています。
(おにぎり作りを通して手洗いの必要性を伝える活動)
【取り組みの概要】
ギニアには国中で精神科医が5人しかいません。
では精神科疾患の罹患者が少ないかといえばそのようなことはなく、ほとんどが無治療で放置されている状態で、なかには非人道的な拘束や隔離を強いられている患者さんもいます。
それなら精神科医を増やせば良いと思われるかもしれませんが、精神疾患への認知が低く現状では、国としても精神科医養成に割ける予算は限られています。
そこで私たちは、精神科医の数を増やして対応するのではなく、内科、産婦人科、小児科など精神科以外を専門とするギニア人医師たちが、精神疾患を診療できるように養成するプロジェクトを立ち上げました。
医師の専門を限らないことで、より多くの患者さんに診療を提供し、精神科医療の必要性を啓蒙していくことでギニアの精神科医療における現状を改善したい、そう考えています。
同様の精神科医療の不足問題は、ギニアだけではありません。
国名 | 1万人当たりの精神科医数 | 10万人あたりの精神科病床数 |
日本 | 1.2人 | 284.7床 |
フランス | 1.4人 | 89.6床 |
アメリカ | 1.2人 | 50.2床 |
南アフリカ共和国 | 0.05人以下 | 22.7床 |
ガーナ | 0.05人以下 | 6.0床 |
ベナン | 0.05人以下 | 4.2床 |
スーダン | 0.05人以下 | 2.7床 |
セネガル | 0.05人以下 | 1.9床 |
ブルキナファソ | 0.05人以下 | 1.0床 |
ギニア | 0.05人以下 | 0.7床 |
(表1アフリカ各国の精神科医数)
このプロジェクトをぜひともまずはギニアで成功させ、アフリカ諸国におけるロールモデルとして示すことができればと考えています。
(産婦人科医が主治医となり、精神科医が指導医として陪席)
【ギニア共和国の状況】
赴任後に見たギニアは、想像していたよりも日本と全く違う国でした。
貧困が著しく、国民の平均月収は1万円程度です。ほとんどの人は、1日100円以内で生活を送っています。仕事がある人は良い方で、朝夕の渋滞の時間帯には、止まった車の周りでお金の寄付を求める光景を毎日目にします。電気は頻繁に停電し、供給をまかなうことはできていませんし、電化製品の普及率も高くありません。市場や漁港では、冷蔵庫がないため、商品が腐ってしまったり、それが感染性胃腸炎の原因になることもしばしばです。
(首都コナクリ市のマディナ市場)
(漁港には冷蔵庫がないため魚介類の保存が難しい)
学校や先生の数が足りず、教育も十分に行き届いていません。学校に通うことのできない子供が大勢います。特に地方では小学校卒業程度の人が多く、この事は就業困難の要因だけでなく、ストライキや暴動のもとになったりすることもあります。
衛生観念や病気にならないための知識も不十分で、時に感染症が流行することがあります。現在は、麻疹(はしか)が流行状態にありますが、マラリア、肝炎、腸チフス、髄膜炎、風疹などは常時見られる病気です。細菌感染やウイルス感染で下痢を起こすことはさらに頻繁で、私自身もかなり気をつけているつもりですが、お腹をこわすことがしばしばあります。
医療の面での最近の特に大きな問題では、エボラウイルス病の流行がありました。2014年3月から2015年12月29日、2016年3月17日から6月1日の2回の流行で、3814名が感染、2544名が死亡しました。
私が到着した頃も、スーパーやホテル、官庁などは、入り口で体温チェック、消毒などが行われていて、警戒態勢にびっくりした記憶があります。
エボラウイルスの病原性もさることながら、貧弱な医療設備、公衆衛生対策の遅れなども被害を深刻化させました。
いくつかの病院を見学しましたが、医師一人一本の聴診器を持っていない、体温計も必要な数がない、麻酔機や手術器具が揃わない中で手術が行われている、国で一番大きな公立病院でもCTやMRIがなく、検査機器はレントゲンのみで具体的な診断がつかないまま診療が行われている、クーラーがないため本来閉鎖しておくべき結核病棟の窓や玄関が開放されていて、他の患者さんや家族が出入りしているなどの現状を目の当たりにしました。
(手術室ですらこのような現状である)
通常、医療の分野で最も予算や人員の配分がされる内科や外科ですらこういった現状ですから、他の専門的な分野については、ほとんど専門医がいない、十分な設備や器具がないことは言うまでもありません。全く手つかずの問題となっています。
【精神科医療の必要性】
私たちが着目した精神科の分野についてですが、ギニアでは人口1200万人に対し、国中で5人しか精神科医がいません。
WHOによると、ギニアの人口の3.9%にあたる47万5千人がうつ病に、2.7%にあたる33万3千人が不安障害に罹患していると報告されており、これに統合失調症、アルコール依存症、薬物依存症などを加えると、ギニアにおける精神疾患の罹患患者数は100万人以上になると推計されます。
入院の病床は、国立病院に10床あまりで、その部屋も野外と交通していて、埃が入る非常に不衛生な環境です。
病床不足で入院ができず、自宅で父母によって手足に鎖を繋がれ自宅監置されている患者さんもいて、後に述べる私たちの外来に来院されたこともありました。
通院できる病院がありませんので、ほとんどの患者さんは、全く未治療のまま、もしくは伝統的祈祷師のもとに通いお祈りを受けています。伝統に基づくそうした文化を一概に否定するものではありませんが、幻聴や被害妄想を主要な症状とする統合失調症や、うつ病、大麻や覚醒剤の依存症など薬物治療が必要なケースでは、当然改善することはありません。
途上国における各国政府、WHO、NGOなどによる支援では、感染症や母子保健への対策に重きがおかれ、それは正しく当然のことと私も思います。
しかし、日本に精神疾患のために苦しむ患者さんがいるように、当然ギニアにも多くの精神疾患の患者さんがいます。
国の発展が進めば、それらへの対策もとられるのでしょうが、先進国の例を見ても、精神科に十分な対策がとられるのはかなり先だろうと思われます。
数年、数十年先の政府やWHOによる精神疾患対策を待つのではなく、今現在の患者さんの困難に対応したいという思いが今回のプロジェクトのきっかけです。
【私たちが行いたいこと、現在までの取り組み】
私たちは、精神科医の数を増やして対応するのではなく、内科、産婦人科、小児科など精神科以外を専門とするギニア人医師たちが、精神疾患を診療できるように養成するプロジェクトを立ち上げました。1年前から定期的に講習会を開催し、約20名の医師達が継続的に参加しています。
実践にうつるべく昨年末からは、講習を受けた医師たちを主治医とし、ギニア保健省に所属する精神科医と私が指導医として、外来の開設を行いました。
どれくらいの患者さんが来院されるか未知数だったのですが、今は常に20名以上が予約待ちの状態です。
こういった取り組みはもちろんギニアでは初めてで、患者さんたちからも非常に好評を得ています。
それまでは、症状のために本人が困っているだけでなく、家族も他に相談できるところがなく抱え込むケースが多かったのですが、診察待ちの際に家族同士が仲良くなって、お互いに悩みを相談する場面もみられます。
取り組みを始めて明らかになってきたことは、月に3500円ほどかかる薬代が、患者さんの家計を非常に圧迫することです。平均月収が1~2万円ですので、家計にとってはかなりの負担になります。
そこで、薬代の補助などを行うため、readyforにて資金を募集中です。
(https://readyfor.jp/projects/guineapsychiatry)
普段は各自の専門科に従事し、もう一つの専門として精神科について学ぶ、医師の専門を限らないことで、より多くの患者さんに診療を提供し、その活動を通して医師自身を含め市民の精神科医療に対する啓蒙を行なっていきます。そうすることで苦しんでおられる精神科患者さん達に寄り添うと共に、ギニアの精神科医療における現状を改善したいと考えています。
また今後、国が経済発展した後、医療政策、国の予算が精神科に向けられていくはずですが、今から十分な対応をしておくことで、現在の日本で問題となっているような、過剰な精神科入院病床数、年単位に及ぶ長期入院、隔離や身体拘束の問題、これらを未然に予防することにも繋がります。
同様の精神科医療の不足問題は、ギニアだけではありません。アフリカ諸国でも問題は同様です。
アフリカの中でも貧困・インフラ問題、医療面の問題の顕著なギニアでこのプロジェクトを成功させることができれば、他のアフリカ諸国におけるロールモデルとなります。アフリカ全体における精神科医療の変革を目指し、まずはここギニアから始めたいと思っています。
このプロジェクトはクラウドファンディング挑戦中です。詳細はこちらから⇓
【公的支援は待てない。ギニアで、いま精神疾患に苦しむ人に治療を】