皆さん初めましてこんにちは。

保坂遥介と申します。

 

僕は、今年の2/15~3/2にかけてKOBE STARTUP AFRICA in Rwandaというプログラムに参加していました。

 

一言で言うと、アフリカのルワンダという国を訪れて起業体験なるものにチャレンジしてきました。

 

今回はAll About Africaさんのこの場を借りて僕のチャレンジを発信させて頂きます。

 

「海外で何かにチャレンジしたい思いはあるけど、具体的に何したらいいかわからない」

「海外に行って短期間で何が出来るんだろう」

 

そんな方に読んでいただき一歩踏み出す勇気のきっかけにしてもらいたい。そんな思いでこの記事を書いています。

 

第一弾のテーマは、

 

「私がルワンダに行ったきっかけ」

 

です。以下の通り、順を追ってお話させて頂きます。

 

最後まで目を通していただけたら、そしてこの記事を通じて誰かを応援することが出来たらライター(記事を書くなんて初めてですが)冥利に尽きます。

長丁場となりますがどうぞお付き合いください。

 

1ルワンダについて

ルワンダは、1994年の大虐殺(ジェノサイド)で、国民の約1割に当たる80〜100万人が犠牲になったと言われ、それから四半世紀、汚職や治安への政策が功を奏し、「アフリカの奇跡」とも呼ばれる経済成長を続けている。

中央アフリカに位置し、面積は四国と同程度、人口は約1200万人(東京都と同程度)。

こんな国です。僕の渡航前の情報もこれくらいのものでした。なので、敢えてここで止めておきます。

 

2KOBE STARTUP AFRICA in Rwandaとは何か

次に、僕が参加したプログラムについて簡単にではありますが紹介していきます。

 

名前にもありますKOBE(神戸市役所)とTiger Mov(海外インターンシップ支援会社)が主催しておられるプログラムです。

 

2019年2月~3月にかけて2週間、私はルワンダ派遣の第1期生として学生・社会人を含む18名の一員として参加しました。

[目的](以下神戸市のHPから抜粋、途中省略)

神戸経済の持続的成長を実現する上で重要となる「神戸でチャレンジしたい若者」を増やすための施策の一環として、
起業家(スタートアップ)のエコシステム構築に向けた取り組み平成28年度より、アフリカ・ルワンダ共和国との間で、
市内の大学と連携した現地教育プログラムの提供や民間企業ミッションを派遣するなど産官学で交流を進めてまいりました。
この度、成長性のある市場であり、取り組むべき課題を見つけやすいアフリカをフィールドとした海外派遣プログラム「KOBE STARTUP AFRICA」を初めて実施することとなりました。
アフリカの中でもICT立国を目指す取り組みで注目を集めており、近年欧米の企業・投資家が多く訪れているルワンダ共和国に起業家を目指す若者を派遣します。

 

というものです。

 

プログラムの内容

本プログラムは大まかに2つのパートに分かれていました。

 

1つめは、現地のスタートアップ企業や公共機関を見学し、講演を聞き、気になったことを質問するパート(前半)
→医療・教育・農業・EC・乳製品加工業・大学・市役所など多岐分野にわたります。

 

2つ目は、ルワンダの社会課題を解決するようなビジネスを自分自身で考え、現地で実践し、最終的にプレゼンするパート(後半)

 

細かいところで言うと、首都キガリ市の市長さん(日本だと東京都知事)とお会いする機会ルワンダの日本大使館でのレセプションパーティーなどのように、神戸市役所さんのバックアップのおかげで成立している普段経験することのない貴重な機会を頂くことが出来ました。

 

また、数多くのスタッフの方と一緒に行動したおかげで、比較的安全に2週間のプログラムを遂行することが出来ました。

 

自分一人では絶対に同じことは出来なかったと思います。

 

今でも本当に感謝しています。

 

一緒にルワンダへ行ったメンバー18人。

 

3自己紹介

ここで、簡単ではありますが僕自身の自己紹介をさせて頂きます。

本プログラム参加のきっかけにも繋がっていますので御一読ください。

 

保坂遥介(ほさかようすけ)、1997年1月31日生まれ、千葉県千葉市出身の22歳。

 

左の恐竜を被っているのが僕です。

 

人生のモットーは「人の期待を超えていく」ことで、そのためならどんな努力も惜しまない好奇心旺盛負けず嫌いの人間。

 

小学校時代は水泳・野球・ピアノ・書道・公文・工作と毎日習い事だらけの日々。

 

中学校では軟式野球部に所属、3年次には生徒会長を務める。

 

高校は千葉県立千葉高等学校に合格し、錦織圭選手に憧れて硬式テニスに転向。

 

横浜国立大学理工学部化学生命系学科理工学部へ進学、大学では体育会硬式テニス部に所属し、現在研究室では最先端の水素エネルギーを勉強している。

→水素エネルギーを選んだのは1~3年の講義の中で唯一興味をひかれたのが水素だったから。(水素の詳しい話が聞きたい方は連絡ください)

 

4大学生活

22年間の人生を簡単に振り返ってきましたが、僕にとって18降の大学生活は挫折の連続でした。

 

体育会の厳しさに触れ、テニス自体も思うように上達しなかった1年生。

 

大学に来た1番の理由がテニス部での活動・活躍にあった私は授業も全く面白く感じることが出来ませんでした。

 

初めて味わった挫折に耐え切れず塞ぎ込み、2か月間部活にも大学にも通えなくなりました。

 

大学1年の秋学期の単位は教授に頭を下げて取った2単位だけ。(これがどういうことかわかる人にはわかる)

 

それでもやっぱり「テニスが好き」だった僕はテニスを続ける覚悟を決めます。

一方で単位は何とか取るだけ取るという受け身な大学生活。

 

幸運なことに留年は免れ、テニスも軌道に乗ってきていた大学3年の冬、再び逆境が。

 

練習のしすぎが原因で利き手の右手が思ったように動かせなくなりました(ジストニアという神経の病気)。

 

右でテニスする僕

 

左でテニスする僕

 

それでもやっぱり「テニスが好き」だった僕は左利きでテニスを続ける覚悟を決めます。

 

その半年後、引退を迎え、私に残ったのは「虚無感」でした。

 

スポーツで結果を追い求めなくなった今、何のために自分は大学に通っているのかよくわからなくなりました。

 

大学院試験も提出物のミスで不合格となりました。

 

その2か月後、部活動を引退。

スポーツを生きがいにしてきた私は人生の指針が見えずに何もしない日々を2週間過ごします。

 

そんな中、重い体を動かし、自分探しと銘打って就職活動を始めました。

 

5ルワンダに行った理由

暗闇の中にいた僕がこのタイミングで海外に行った理由を一言で述べるなら、「新たな生きがいを探したかったから」。

 

日本という殻、学生という殻、2つの殻から飛び出し、人生の指針を見つけたい。スポーツ以外に自分は何に興味があるのか見つけたい。スタートはそんな思いでした。

 

千葉の実家のトイレやお風呂には世界地図が貼ってあり、私も小さい時から世界地図を覚えることが好きでした。

 

将来は海外ともかかわる仕事がしたい。そんな漠然とした思いはありました。

 

でも、実際に行ったこともない、ましてやビジネスなんて日本でさえしたことがない。

 

だったら両方やってみよう。でも方法はわからない。

 

 

そんな時、一通のメールが目に飛び込みます。

 

就職活動の中で出会った佐藤孝二さん(Job Web)という方と偶然知り合い、その会社から送られてきた一通のメール。

 

そこにあったのがKOBE STARTUP AFRICAでした。

 

誰にも相談せずに衝動的に申込み、何とか合格。

 

僕がこのプログラムでルワンダに行けたのは奇跡的な「偶然の出会い」が積み重なった結果です。

 

2週間なんて何か得る前に終わるよ、と思う方もいるかもしれません。僕も心の1割くらいはそう思っていました。

 

 

でも何もしないよりはまし。元々何も知らないんだから。

何も得られないという学びでもいいと割り切って参加を決意しました。

 

 

そんなこんなで僕の人生とルワンダに行ったきっかけを話してきましたが少しは伝わったでしょうか?

 

 

場所に対してのこだわりはありませんでした。アフリカに行きたかったわけでもルワンダに行きたかったわけでもない。

 

でも、日本を飛び出して誰よりも何かを吸収し、行った場所で何かを得たい、残したい。

 

そんな向上心を胸に、ルワンダの地に降り立ちます。

 

機内から見えたルワンダの街並み

 


 

第一弾は以上で終了となります。まだ現地の話を何もせずに終わってしまいました笑。

 

ルワンダで僕がどんなことをしていたのか、何を得たのか、人生の指針は見つかったのか、そんなところを第二弾以降でお伝え出来たらと思います。

 

 

最後まで読んで頂いた方、本当に有難うございます。

 

お時間ありましたら1行でも記事の感想を僕充てにぶつけて頂けますでしょうか?

 

私もよりよい記事を目指して今後も試行錯誤中です。その手助けをして頂けたら幸いです。

ここもっと詳しく知りたいといったような質問もお待ちしております。