失敗から何を学ぶ?ルワンダのバナナ事情に詳しくなっただけの日本人【現地でビジネス体験】

皆さんこんにちは。

 

「記事見たよ」と言われることが増えてきて記事書くのが楽しくなってきている保坂です。

 

あだ名で呼んでくれる方も最近増えてきたのでどうぞ「よっちゃん」で覚えてください笑。

 

第1~3弾で読んでくださった方有難うございました。

 

2週間のプログラムもいよいよラストフェーズ。

 

今回の第4弾のテーマは、

 

「異国の地で、ルワンダで、新しいビジネス作るって何すんの?」

 

僕が参加したプログラムには、ルワンダの課題を解決するような新しいビジネスを考え、実践してみるという期間がありました。

 

そして最終日には、プレゼンを行い、ルワンダのスタートアップ企業の方や神戸市役所の方に審査してもらって終了となります。

 

その出来事を中心に第4弾として書かせていただきます。

 

初めに行っておくのですが、僕のチャレンジは失敗します。

 

本記事では、チャレンジを通して何をしてたか、というよりも寧ろ失敗から何を感じたかを伝えたい。

 

日本でのアイデア出し

まず、ルワンダへ行く1か月前に神戸市に集まって参加者による事前研修。

 

ルワンダにはこんな課題があるんじゃない?

 

ということを話し合った。挙がった課題で気になるものを各個人1つ選びその解決策を考え、

 

ルワンダでは具体的にこんなことをしたい!!!

 

というところまで考えた。

 

僕のチームは2人で(相棒は西尾育海くん)

 

ルワンダのお土産ってイメージできなくない?
→新しいお土産になるものを作ってルワンダのイメージをアップさせよう!!

 

という発想で意気投合しスタート。

 

育海くんは国際協力に興味があり、僕よりも国際情勢などに詳しかった。

僕と彼の共通点は「パッション」があること。

 

具体的な調査に動く

そして、渡航日までに日本で出来る事として以下のビジネスについて調査することに。

 

  • ビール
  • フルーツ
  • 民芸品(アガセチェ)

 

クラフトビール専門店やアフリカ民芸品のお店にアポを取って取材に伺った。ドライフルーツ店は時間が無く行けずに終わった。

 

直接電話して、

 

今度アフリカのルワンダに行くものです。お話聞かせてください

 

といったら実際にお話を聞かせてくれたお店がいくつかあった。

 

そこで会った方々は皆、真剣に話を聞いてくれて大変参考になった。

 

ルワンダビールは聞いたことが無い、そして輸入にはライセンスが必要とのこと。

 

民芸品は日本に持ってきて売るところまで限られた期間で出来ない。という理由がネックになり優先度が下がった。

 

可能性の残ったフルーツに絞って話を進めた。

 

ここで国際協力の育海くんが、

ドライフルーツにしたら保存も効いて冷蔵庫内ルワンダでも日持ちしますよ。実際にそういうことやってる人いますよ。

 

ということでお土産からスタートしてフードロスまで話が展開。

 

その後、育海くんが自然乾燥でドライフルーツ作りを試みたが失敗。
→日数がかかる&味がいまいち

 

ドライフルーツ乾燥機をアマゾンで5622円で購入していざルワンダへ。

 

この時点でどのチームよりも投資していた。

 

日本で購入して持って行った乾燥機

 

 

僕の個人的な目標は、「何とかお金を生み出すこと」だった。

 

自分たちのアイデアに対して、実際にお金が発生するところまで体験したかった。

 

現地での試行錯誤

新規ビジネスを生み出すために与えられた3日間を総括すると、「変化」という一言に尽きる。

 

思い込みの「変化」

僕は渡航前、ルワンダの食文化は?道路あるの?衛生環境は?気候は?電気は?Wifiは?など様々な想像をしていた。

 

本当にルワンダについては無知で、他者から聞く話やSNSで想像する日々。考え出すと止まらない。

 

いざ降り立ってみると衝撃を受けた。

 

レストランは徒歩圏内にあるし、大型スーパーもあるし、ホテルもなんか綺麗で、天気は昼暑くて夜涼しくて時々雨が降って、電気も通ってるしネット環境もある。

 

みんなスマホかガラケーを持っていた。

 

ルワンダには何もない想定でドライフルーツを考えてたんだけど。

 

現地での日々を過ごすことで、断片的にではあるがルワンダを視覚的・経験的にとらえられるようになった。

 

その一方で、反比例するように、

 

フルーツのフードロスってどこで起きてんの?
栄養に困ってる人ってどこにいんの?

 

とも考えるように。

 

そんな思いを抱きつつも、スーパーでフルーツ(バナナ・リンゴ・パイナップル・パパイヤ・マンゴー)を買ってドライフルーツの試作品を作っていった。

 

計画と行動の「変化」

異国の地では思いがけないことがいくつも起こる。

 

  • 変圧器を付けるのを忘れて、乾燥機が初日でショートして壊れる→ルワンダに乾燥機を取り寄せるにはアマゾンで2週間かかる
  • 代用のトースターで作ったドライフルーツは見た目も味もいまいち
  • 街に出て実演販売し、この値段で買ってくれと頼むが、全く興味を示してもらえない

 

実演販売の様子。子供たちは興味津々。有料となると話は変わる。

 

 

結果、ドライフルーツに関しては何もかもうまくいかなかった。

 

理由は、何もかも無知だったこと。

 

  • 美味しいドライフルーツの作り方。
  • ルワンダの人がどんな味が好きで、普段はいくらでフルーツを買っていて、それに対してドライフルーツの価値はどこにあるのか。
  • ドライフルーツの栄養価について一般的に知られているのか。

 

そう、何もかも無知だった。

 

自作のドライパイナップル

 

大型スーパーに売られていたドライパイナップル(高所得者向け)

 

実演販売時には、

そこに生のフルーツがあるじゃん。なんで乾燥させんの?
はちみつがかかっててもっと甘ければ買うかもね

なんて言われた。

 

ここで自作のドライフルーツに見切りをつけた。

 

次に思いついたのははバナナ卸のビジネス。

 

バナナが農家から市場へいくらで仕入れられていて、いくらで最終消費者に届いているのかを調べた。

 

農家、市場、ホテル、レストラン様々な関係者に話を聞きに行った。

 

首都キガリ周辺の営業をかけたホテル

 

時には現地の言葉を英語に翻訳してくれる付き人なんかも雇いながら動き回った。

 

このときお世話になったのが第3弾に登場したガサボ村の若手牛乳屋社長ジョセフさん。

 

牛乳屋の仕事の時間を削ってまで僕の市場調査に付き合ってくださった。

 

お世話になったジョセフさん

 

ガサボ地区の市場の様子

 

このとき最も苦労したことがある。

 

バナナの種類が豊富なことだ。

 

有名どころだけで4種類以上あり、ホテルやレストランごとに使用しているバナナが違うのだ。

 

日本でイメージするフルーツ用バナナだけでなく、料理用の緑色のまま食すバナナも存在する。

 

ルワンダの方は品種の違いに敏感で、店の好みの特定の品種しか仕入れないというこだわりがあった。

 

ノートにまとめたバナナの種類と仕入れ価格のメモ

 

2件の市場、10件ほどのホテルとレストランのデータを地道に集めた。

 

僕は、農家から仕入れてきて店の人にとりあえず売ればいいと思っていたが、それが全く通用せず。

 

もう一度どの店がどの品種をいくらでなら買ってくれるのかを整理して営業活動を行った。

 

最終的に、農家から仕入れたバナナが一件のホテルに売れてリアルにお金が発生した。

 

農家で切り落としたてのバナナ

 

記念すべきバナナの仕入れ

 

実際に売れたバナナ5kg

 

気持ちの「変化」

リアルにお金が発生し(売れるまでの経費を考えると全くの赤字であったが)、自由に活動できる3日間が終わり、最終プレゼンに向けての準備を始めたときまた頭が真っ白になった。

それは、

 

「自分が何をプレゼンしてルワンダの人に何を伝えたいのか」全く分からなかったから。

 

お金を産むことには成功したが、そればかりが目的になっていたことに初めて気づいた。

 

誰がこんなアイデア欲しがるんだろうか。

 

悩んでいたその時に、ビジネスプランの相談に乗っていただいていた引率の方から、

 

よっちゃんはルワンダに残ってそのビジネスやりたいの?

 

と聞かれて頭が再度、真っ白になった。

 

そんなこと考えてなかったから。

正確には考えた気になっていたから。

 

気づけば、キガリ周辺のバナナ事情に少し詳しくなった日本人でしか無くなっていた。

 

自分の考えていたことに全く自身が持て無くなっており、最終プレゼンは全く違うテーマでしかもペアの育海くんに任せきりだった。

 

自分が心からいいと思えてないものを発表することが出来なかった。

 

異国の地でビジネスを作る、ということに対して感じたこと

まず知るところから

実際にルワンダの地に足を踏み入れてみることがいかに大きな力があるかを体感した。

日本で想像してた何時間もの時間は何だったんだろうと思うほどに。

 

自分の目で見た現実を元にしか自分は動けなかった。

 

聞いた話に共感するというときの共感は真の共感とは言わないのだと思うようになった。

 

ビジネスって何のためにあるんだろう

あれだけお金を生むことが目標だった自分。

自分の行動がいざお金になったときはものすごくうれしかった。

 

でもそれは一瞬で、

何のためにやってるのか、何を伝えたいのかに答えられないと自分が本気になれなかった。

 

お金を生み出していたチームは他にはなかったのだけれど、他のどのチームもアイデアの目的がはっきりしていた。

 

だからプレゼンにも熱がこもっていたのを覚えている。大きく路線変更しているチームは僕のチームだけだった。

 

1日にしてならず、辛抱強く

アイデアだけ持っていてもダメだったし、ひたすら行動しただけでもダメだった。

 

課題をみつけて目的を決めて試行錯誤するだけだ、と口で言うのは簡単だが、いざやってみると何もかもうまくいかなかった。

 

ルワンダに何か残して来よう、一石投じてやろうと思っていた自分が恥ずかしい。

 

帰国後に出会った方は、1年間でも短いと仰っていた。

 


以上3つが主に感じたことだ。

 

帰国後、今回のルワンダ渡航は自分の人生そのものだと思った。

与えられた情報は理解するけど自分で情報を取りに行くことなんて今までほとんどしなかった自分、

目的もなくなんとなくただ勉強していい大学に入って、日々を過ごしていた自分、

結果がすぐ欲しくて、それっぽいことをやってみたり言ってみたりしてきた自分と重なった。

 

以前の記事の繰り返しになってしまうのだがルワンダ渡航の大きな目的は、自分が本当にやりたい事って何?異国の地で何が出来る?を探すためだった。

 

結果、自分がやりたい事なんて見つからなかったし、これといって達成したこともなかった。

 

むしろ自分の弱いところばかり露呈していた気がする。

 

どちらかというと後ろ向きな気持ちのまま帰国した。

 

帰国してから半年以上たった今では、そんな自分の弱い部分を認めて向き合う日々が続いている。

 

今年が大学ラストイヤー。

 

ありがたいことにいくつかの目標に向かって行動している。ルワンダで学んだように短期間で結果を求めずに。

 

とても地味で、骨の折れる作業が多いのだが。

 

当初第4弾で終了予定だった本記事だが、第5弾で帰国後とこれからの自分について発信する機会を頂いたのでぜひ書かせて頂く。

 

ルワンダで見つからなかったものが帰国後の日本でどのように見つかったのか、そして今後のアフリカとのかかわり方をこの場を借りてお伝えできたらと思う。