【拓大アフ研】ルワンダスタディツアーで学んだ過去、見えてきた未来

こんにちは、そして初めまして!

 

拓殖大学2年、アフリカ研究愛好会の中川亜美(なかがわ あみ)です。

 

 ルワンダスタディツアー

今回私は、9日間のルワンダスタディツアーに参加してきました。このツアーは、1994年に起こったルワンダ虐殺を主なテーマとしています。

映像ジャーナリストである大津司郎さんと、国際政治を専門とする拓殖大学国際学部教授の甲斐先生の元、様々な視点からルワンダについて考えることが出来ました。

タラマ教会

虐殺が行われた場所の1つであるタラマ教会を訪れました。この教会では5000人以上の方が亡くなったと言われています。

 

教会の中に入ると、血で変色した数え切れないほどの衣服が掛かっていました。よく見ると刃物で裂かれたような跡や銃で撃たれたと思われる跡がたくさん、、、。

亡くなった方の頭蓋骨などが今も教会に保存されており、衝撃的でした。

キブ湖

サコラ村訪問後、キブ湖湖畔のホテルに宿泊しました。

その日の夕食時、ホテルのスタッフの皆さんが衣装に着替えダンスや歌を披露してくださいました!私たちもそのダンスに参加し、踊ることなんと約1時間半!!

翌日の朝は土砂降りの雨。そんな中、朝食を食べにダイニングに向かうと、、、、、!?

 

雨が降っているからホテルのスタッフが出勤しない、という日本では考えられない事が起きていました()

 

 コンゴ民主共和国国境

特別な許可により、ルワンダとコンゴの国境まで行くことが出来ました。

国境付近には銃を持った警察、エボラ出血熱の検査を行う人、そしてルワンダとコンゴを行き来する人で溢れていました。

このバーを超えるとコンゴ。

 

舗装されていない道路、トタン板で作られた家など明らかにルワンダとは異なる風景、雰囲気がありました。

 

私が立つこの場所から数十キロ先では、劣悪な環境の難民キャンプが広がり、その先では今も殺し合いが続いているという現実。

 

これを目の前にして、何も言葉が出ませんでした。

 

ルワンダとコンゴの国境は、ただ国と国を分けるものでなく「平和と戦争の境」でもありました。

 

アヴェガ・アガホゾ(戦争未亡人被害女性自立支援NGO)訪問

虐殺当時、夫を亡くした方や性的被害にあった方などのための支援を行うのがアヴェガ・アガホゾです。この施設では、そういった方々のカウンセリングから始まり、技術教育をしたり経済的知識を与えたりしています。

実際に、ある女性に話を聞いてみました。生きていく中で何が一番困難か?という質問に「全て。毎日が困難だ」と答えていたのが衝撃的でした。施設にいる女性はどの方も笑顔でした。しかし、どの方も消えることのないトラウマを抱え必死に生きていました。

 

 最後に

今回紹介した3つの場所の他に、ジェノサイド記念館、ウムチョムイーザ学園、サコラ村、元少年兵施設を訪問しました。

 

今回のツアーで感じたことは、1994年に起きた虐殺は、今もルワンダ人の中で生き続けているということです。

 

虐殺が終わり、殺人を犯した者は投獄され、首都のキガリには高層ビルが建つほど国は発展してきました。しかし、本当にルワンダは平静を取り戻したのでしょうか。

 

とんでもない。

 

目の前で家族を殺された人たち、そして残された人たち、自分の家族を殺した人の隣に住まなければならない生活。24年経ったということは虐殺時、または虐殺後に生まれ支援物資を恵んでもらうことしか知らない子供達が社会にでる時期だ、と聞いたことも忘れられません。

 

たった3ヵ月で80万人も殺されたという異常な虐殺。この虐殺が終わったとしても、穏やかに見える生活の裏では憎しみや悲しみは、ルワンダの現在に生き続け様々な問題を引き起こしています。このツアーに参加して「ルワンダ虐殺」という過去と現在に残る爪痕から多くを学び、未来を見ることができました。

 

ここに綴ったすべてが、この夏私自身の足で歩いたルワンダの全てです。

記事 写真 中川亜美

 

 

 

 

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