はじめまして、西アフリカのベナンという国で、青年海外協力隊員として活動中の綿貫大地です。

 

1983年10月生まれの35才です。

 

ボランティアとして活動しながら、ここベナンで起業準備も進めています!!

 

これまでの自分の人生を振り返りながら、

JICAボランティア&起業に至った経緯や実際の起業プロセスを数回にわたってお届けします。

 

はじめに

気がつくと35才になっていました。。。

私は、効率もよくないし、地頭も決していい方ではありません、おまけにサボり癖もあります。

周りの同年代と比べると、社会的貢献度はかなり低いと思います。。

 

ただ、私の唯一持ち続けてきたもの、それが”ビジネスでアフリカに貢献する”という志です。

 

この志を持ち続けて、ここ10数年。ずーーっと、もがき続けてきました。

 

人生そりゃあ苦しいこともつらいこともたくさんありますよね。。でもこの志があったからこそ、何とかがんばってこれた、本気でそう思っています。

これだけ持ち続けているということは、すごいことでも何でもなく、それだけ自分が実力がないということかもしれません。だって、おそらくもっと優秀で器用な方であれば、もっと早く志に近づいていますもんね。

 

でも、これが今の自分です。

 

よって、このサイトではかっこつけず、自分自身をさらけ出し、同じようにもがいている同志に、ほんの少しでも勇気を与えられる、そんな記事を書いていきたいと思います。

まずは、自己紹介も含めて、大学生時代から大学院まで、ざっくり振り返ります。

アフリカを体験した大学生時代

大学生の時に何してましたか?何しましたか?と聞かれたら、この2つを答えます。

新聞配達

産〇新聞の販売店に住み込みして、新聞奨学生として働いていました。

朝2時に起きて、7時まで配達。

そこから大学の講義に出席して、夕方は翌朝配達用のチラシ作り。

さらに月1回の集金業務

この集金と学校のテスト期間が重複すると、もう大変でしたね。。

 

でも新聞配達を言い訳にするのがいやだったので、けっこう勉強もしてました。(不思議なことにこの時の方が成績良かった、、w)

サークルも複数入ってたし、週一回の休みの日は、必ず飲み会に参加してましたね~。

 

なんか時代を感じさせる写真ですいませんw

 

これを始めたきっかけは父でした。

彼は中学生から大学卒業まで新聞配達をしていて、少しでも父に近づきたいという想いと、ここまで育ててくれた両親に対する感謝の気持ちから、始めました。

結局、2年間でやめてしまいましたが、この時期は今思い出してもがんばってたな~と思います。

 

ザンビアでのボランティア

国際協力には大学に入る前から興味がありました。

また海外にも興味があり、交換留学なども申し込みましたが、選考に通ることができず。。。

 

大学生のうちに留学してみたい!そして国際協力を肌で感じたい!

 

そういう想いがありながら、悶々と過ごす日々でした。

そんな中、大学3年生になり周りが就職活動を始める中、mixi(なつかしいw)でたまたま、NGOのプログラムを見つけました。

 

半年間アメリカで募金活動&半年間アフリカのザンビアでボランティア活動というプログラム

 

海外に住める!しかもザンビアでボランティアもできる!ということで、当時の私にとって、とても魅力的で、大学を休学してプログラムに参加しました。

 

ザンビアの生徒たちと

 

ザンビアでは中学校の数学教師と小学生に衛生やエイズ知識の普及活動を実施、若かったこともあり、いろんな経験をして、いろんなことを感じた半年間でした。

つらいことや悲しいこと、本気で怒ったことも何度もありました。

 

でも、それでも最終的にアフリカ楽しい&好き!が勝ちました。

何より、おれ、生きてるな~って強く感じました。

 

そして、一生この業界で生きていこう、そう思えたことが一番の収穫でしたね。

自分は何もできなかった、もっともっと成長して、プロフェッショナルとして、この大好きなアフリカに戻ってくる!!

と心に誓いました。

思えばこの時から、アフリカへの片思いが始まりました。。。

とにかく苦しかった大学院時代

無事に大学を卒業し、国際協力の道に進もうと考えていました。

開発学をしっかりと学びたいと考えていたので、イギリスのサセックス大学院開発学研究所(IDS)にて開発学コースに進学。

 

いや~はっきり言って、きつかったですね~。うん、まじできつかった。。

 

ここでは午前中に講義形式で、午後はそのテーマに関してのディスカッションという形でした。

ほんとに講義についていくので精一杯。ディスカッションでは”必ず1回は発言する!”と自分に課していましたが、議論をリードすることは結局一度もできませんでした。

英語力もその他教養も、途上国での経験も少ない自分はとにかく必死でした。

 

当時を思い出してすぐに思い浮かぶのは、図書館の端っこの席(24時間オープン!)で、課題論文を読んでいる自分ですw

イギリスの天気も相まってか、あまり明るい思い出がありません。。。

とても優秀で人間性も素晴らしい日本人の仲間たちがいたにもかかわらず、自分一人で、もがいていました。。

 

同じコースの仲間たちとの集合写真

 

でも楽しかったことで記憶を辿ると、一つとても印象に残っているイベントがあります。

それは"IDS Celebrating Unity in Diversity"という学生主体のイベント。

当時のIDSには50か国以上から学生が集まってきていて、まさに多様性あふれる大学院でした。

この環境を活かして、各国の文化紹介をしよう!というイベントでした。

ここで私は、日本人チームのリーダーとして、ソーラン節を披露しました。

 

ソーラン節チーム

 

このイベントで感じたことは、

「いろんな人間がいるんだよな~、でも一つにまとまることはできるし、その時のパワーはすごい」

ということ。

 

このイベントの出し物も、アプローチの仕方も国によって全く違ったんですよね。日本人チームはみんなでめちゃくちゃ練習して、綿密な準備をしていました。

一方、南米チームやインドチームなんかは特に準備も打ち合わせもせずに当日を迎えるみたいなw

でも最後は結局、アフリカチームのダンスで、いろんな人種や国籍や性別・年齢の学生が全員で踊っちゃうw

結局人間っていっしょなんだな~って。

 

イベント後にみんなで

 

 

相変わらず講義に必死に食らいつきながら、何とか修論を提出し、あっという間のイギリスの大学院生活は終わりました。

次回記事では社会人生活から協力隊までを振り返ります~。

ではでは~

 

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