西アフリカのベナンという国で、青年海外協力隊員として活動中の綿貫大地です。

 

1983年10月生まれの35才です。

 

JICAボランティアとして活動しながら、ここベナンで起業準備も進めています!!

 

これまでの自分の人生を振り返りながら、JICAボランティア&起業に至った経緯や実際の起業プロセスを数回にわたってお届けします。

 

ここからは前回までと異なり、これから数回にわたってはベナン起業までの道なりを、小説風に書いていこうと思います。

 

 

前回までの記事はこちら:

 

 

 

第一章 再会

 

「お久しぶりです! マラリア大丈夫ですか??」

 

ここは、ベナンの空の玄関口であるコトヌー空港。

 

灼熱の太陽が照りつける空港の駐車場で、わたしはKazを見つけるなり、そう話しかけていた。

 

日本ではお花見の季節だが、ベナンの3月はとても暑い。

 

2018年の3月、わたしたちは、ここで1年ぶりの再会を果たしたのだ。

 

 

トーゴから陸路で移動してきた自分の1つ年下のKazは、不運にもマラリアにかかってしまい、昨日からずっと病院にいたらしい。

 

わたしは、ベナンに滞在しているという彼のFacebookの投稿を見て、メッセージを送り、ベナン最大の都市コトヌーにあるレストランで会う約束を交わしていた。

 

しかし、約束の日の前日にマラリアになってしまったので、急遽、空港に直接来てほしいとのメッセージが届いていた。

 

 

 

Kazと会ったのは約1年前、都内で行われていたあるNPO団体の年次報告会だった。

 

この団体は、日本人女性が創業し代表を務めており、タンザニアを拠点に活動していた。

 

その代表(Mさん)が青年海外協力隊OGで、私が通っていたビジネススクールの先輩でもあった。

 

仕事を辞めて時間があった私は、アフリカというフィールドで活躍している彼女から、“アフリカ起業のヒントをもらえないか“、という思いで、この報告会に出席していた。

 

早めに会場に着いたので、案内された席で、ぼーっと開始時間を待っていたところ、その隣に座ってきたのがKazだった。

 

どっちから話しかけたかなんて覚えてないけど、「アフリカに興味あるんですか?」とかそういう会話から始まったと思う。

 

気づいたら、自然とお互いの境遇について話していた。

 

そうすると、お互い将来アフリカでのビジネスを志しているということが、わかった。

 

何でもKazはそのNPO団体の代表も昔から知っているらしく、その他アフリカで活躍している日本人起業家たちの多くとも交流があるらしい。

 

(へ~起業家の知り合い多いんだな~。)

 

その時の印象は、これだけ。ほんとにこれだけ。

 

 

 

彼と再会するまでの1年間、いろいろなことがあった。

 

2017年の2月、転職して入社した化学メーカーを辞職して、2年半住んだ大阪を後にした。

 

思えばあの時はかなり精神的に追い詰められていた。

 

大企業から転職してきたのに、いつまでたってもエースになれない自分。

 

そして何より、アフリカ駐在したいという思いだけで転職したのに、その願いがどんどん遠のいていくような感覚に耐え切れなくなった。

 

そんな中、たまたま見つけた電車の中づり広告。青年海外協力隊の文字が輝いて見えた。

 

(そうか、青年海外協力隊に参加して、アフリカに行く。そこで、ビジネスの準備をすればいいんだ)

 

 

そう思いついた私は、すぐに書類を提出し、2017年の1月の面接に臨んだ。

 

そして2017年の3月に予定通り、第一希望だったベナンの要請で合格通知をもらった。

 

青年海外協力隊の訓練は7月から始まる。

 

それまでの数か月間は、ずっと読みたかった本を読んだり、アフリカに関するイベントに参加してみたり、ひさーしぶりに塾の先生をやってみたり。

 

時々、社会から孤立している感覚を感じつつも、好きなことに時間を使っていた。

 

 

 

そして、7月。長野の駒ヶ根市で訓練生活が始まった。

 

 

この訓練生活で自分の中で決めたテーマは”吸収”。

 

訓練所名物の30秒自己紹介スピーチでは、こう宣言したのを今でも覚えている。

 

「わたしの名前は大地といいます。わたしはこの名前が大好きです。大地というのは、それ単体だけでは成り立たず、海から空から山から動植物からいろんなものを吸収し存在しています。よって、いろんなもの吸収して、大地のようにでっかい男になってほしい、そういう想いで父がつけてくれたそうです。その想いの通り、訓練所でもいろいろな方から学びあい成長していきたいと思います!!」

 

訓練所にはさまざまなバッググラウンドをもった人、いろんな経験をしてきた人たちが集まっている。

 

この人たちから学び、できるだけいろんなことを吸収させてもらおうと思った。

 

特にシニアの方々とのコミュニケーションを重視していた。

 

食事の際には、毎回違うシニアボランティアの方の隣に座って、話しかけていた。

 

語学クラスなど大変なこともあったが無事に、約2か月間の訓練が終了。

 

 

 

そして、2017年10月、遂に西アフリカのベナンに赴任した。

 

学生時代にアフリカのザンビアで過ごした6ヶ月間。

 

そこから私のアフリカに対する思いが芽生え、必ずやまた戻ってくると心に誓ってから10数年が経っていた。

 

久々のアフリカ。空港に降り立った瞬間、アフリカの匂いがなつかしかった。

 

久しぶりのアフリカで一番最初に刺激を受けるのが嗅覚だったのは自分でも不思議だった。

 

そこから5か月間。

 

 

私は、、、、

 

 

もがいていた。

 

 

本業であるボランティア活動に対しては、自信がないわけではなかった。

 

だって、アフリカでのボランティアは2回目だし、ビジネスパーソンとして一通りのスキルもある。

 

それでも、一抹の不安があったのは、わたしが希望した職種の特殊性なのかもしれない。

 

青年海外協力隊には様々な職種がある。スポーツ系や医療や教育など。

 

その中でもわたしの職種はコミュニティ開発。一言でいうと何でも屋。

 

仕事をゼロから創り出さなければいけないケースが多い。

 

いくらアフリカの経験があるとは言え、語学もままならない自分が、活動をゼロから作り上げることができるのか。

 

久しぶりのアフリカ生活や人々との触れ合いを楽しみつつも、いつもどこかに不安を抱えていた。

 

 

そして何より、もがいていた感覚があったのは将来に対する不安からだった。

 

“ビジネスでアフリカに貢献する”という志を胸に、ず~っと片思いしていたアフリカにやっと来たのに、とにかくいつも不安だった。

 

できるだけポジティブな状態に努めようとしていたが、、

 

本当にここで起業できるのか?

 

そもそもその種が2年間のうちに見つかるのか?

 

常に不安だった。。。

 

次第に協力隊の仲間のイベントにも顔を出さなくなった。

 

(アフリカが好きだから、できるだけ任地にいたい。みんなとのノリが合わない)

 

いろいろ理由を口にしていたが、今思うと、結局は不安だっただけ。

 

将来へのビジネスモデルを発見できるかどうか、とにかく不安だった。

 

 

当時、コトヌーという街を本当によく歩いた。

 

何かチャンスはないか。

 

今ベナンで流行しているものは何だろうか。

 

人々の生活を変えるほどのインパクトを持っているものはあるだろうか。

 

模索し続けた。

 

何か見つけなければ。将来への種を見つけなければ。必死だった。

 

そんな中、協力隊仲間のイベントに参加する気にどうしてもなれなかったのだ。

 

 

 

常に焦っているような感覚、それでも何とか自分を奮い立たせる、そんな日々が続いていた。

 

いつものようにFacebookを繰っていると、Kazの投稿が目に入った。

 

そして、前述したように、わたしからコンタクトをとり、コトヌー空港でぼくがKazに話しかけていた。

 

 

「お久しぶりです!マラリア大丈夫ですか??」

 

 

出国が迫る中、久しぶりにお互いの近況を報告しあっていた。

 

お互いにアフリカでビジネスをしようという意志は変わっていなかった。

 

彼はすぐにでもビジネスを開始したいらしく、今後そのための準備を進めていくらしい。

 

そこで、わたしは彼のビジネス準備のためにベナンでの調査を買って出た。

 

わたし自身のビジネスモデル探しに何かしら役に立つだろう、そんな軽い気持ちで引き受けていた。

 

他にもまだまだ情報交換したいことがあったが、その時は結局、1時間ぐらいしか話せず、彼は日本に旅立っていった。

 

 

物腰柔らかな人柄の中にも強い意志力を感じる彼が、後々、わたしの創業パートナーになるなんて考えてもみなかった。

 

(次章へ続く)

 

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