こんにちは!
連載ということで、前回は「私とコンゴ民の出会い」について書かせていただきました。
まだそちらをお読みでない方は、第1部の方も目を通してくださると、よりわかりやすいかもしれません!
私は学部2年の頃にコンゴ民に出会い、そこから延べ1年をコンゴ民首都キンシャサで過ごしていました。
そこで同世代の、当事者意識を持って社会を変えたいというパッションをひしひしと感じ、自分もその波に飲まれながら、逆に「日本人として自分も波を作っていきたい」というふうに感じはじめました。
今回は、コンゴ民での活動を通して、日本人の皆さんにお伝えしたいことを書かせていただけたらと思います。
コンゴ民初の日本食レストラン
日本人として何が出来るのかを考えた結果、私が現地の友人たちと始めたのが、コンゴ民初の日本食レストラン”GOEN”
- 若者世代の熱意が社会全体を動かす
- アントレプレナー精神を持って、社会を前進させるための行動が取れる社会
この2つの軸を持ち、アルバイトのような若い世代の経済的自立の機会が圧倒的に少ないコンゴ民において、
そう語り合いながら、同世代の友人たちとこのレストランを立ち上げました。
全員が大学生世代であり、時間の制約もある中、みんなが高いモチベーションを持って、今では現地で持続的に運営されています。
さて、これが私がコンゴ民にて行ってきた活動であり、見てきたものなのですが、一方で、世間一般的なコンゴ民のイメージとはどのようなものでしょうか?皆さんも、想像してみてください。
エボラ出血熱と紛争
日本、国際社会で大きく取り上げられているコンゴ民に関するニュースは、主にエボラ出血熱と鉱物紛争に関してだと思います。
最近では、ノーベル平和賞を受賞したコンゴ人、デニ・ムクウェゲ医師が有名でしょうか。
ムクウェゲ医師は、コンゴ民主共和国において、レイプ被害にあった女性の包括的なケアに取り組まれるとともに、アフリカにおける資源採掘産業の持続的な発展のための規制強化、作業現場の女性や児童労働の改善に力を注いでこられました。(特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンド ジャポンさんの記事の引用です。https://www.mdm.or.jp/project/13006/)
国際社会でとても影響力のある組織として、UNICEFなどの国際機関が挙げられますが、UNICEFの発信も、農村部のいわゆる貧困層に、支援が必要であるというニュアンスで発信をしていると言えます。*もちろん事実としてはあります。
このように、一般的にはマイナスのニュースだけが多く世の中に流れている現状があり、現地の方々はそれに対して憤りに近い感情を抱いているのです。マイナスがあれば、その分プラスだってあるはずです。
コンゴ民に対する国際社会の認識と、現地での認識に差が大きくある。ということを、これを読んでくださっている皆さんには知っていただきたいです。
第1部でも書いたように、コンゴ民は人を惹きつける大きな魅力があります。実際に現地で赴任をされている日本人の皆さんも、コンゴ民が好きだとよくおっしゃっています。
世界11位、アフリカ大陸2位(日本の約6倍)の国土を持つこの国において、すべからくエボラ出血熱が蔓延している訳でもなく、全土で紛争が発生している訳でもありません。しかし、一般的には、コンゴ民全土、すべてが危険だ。という認識が通念になっている気がします。
これに対する問題点を挙げようとも、とても複雑な話となります。
- 一部の事実を全体の事実として報道してしまうメディア。
- リアルを知りたければ現地で使われているフランス語で検索をかけるべきだが難しい。
- 一方で、現場でリアルを見てくるには、情報が圧倒的に少なく、マイナスの情報だけが溢れ、足を運びにくい現状。
などなど・・・。
だからこそ、コンゴ民で活動をしてきた自分は、コンゴ民主共和国という国は本当はどのような国なのか、地球市民として発信をしていく義務があるのではないかと考えております。
皆さんはどうお考えでしょうか。
私のこの記事が、このALL ABOUT AFRICAという組織が、これらの認識を変えていく一助になっていくことを、願ってやみません。
次回、第3部は、コンゴ民と日本の未来に、何を見据えるのか。について書かせていただければと思います!
最後までお読みくださりありがとうございました!