ごく普通のOLがバックパッカーになり、アフリカにたどり着いた理由

初めまして。

田中瑛子(たなかえいこ)と申します。

 

私は、大学卒業後、4年間中企業IT業界で働き、転職して1年9ヶ月ITベンチャーでSEとして働いた後、退職。その後、バックパッカーになり、アジア、中東、アフリカを旅しました。

 

アジアを旅していた時は、もう少し旅を続けようと思っていたのですが、

アフリカに出会ってから旅を辞め、

アフリカと関わって生きていくことを決意します。

 

そして帰国後、アフリカの村に電気を届けるビジネスをしているwasshaにSEとして入社し、働いています。

 

今日は、ベンチャーに転職するほど仕事が大好きだった私が、

なぜ仕事を辞めてバックパッカーになったのか

またアフリカと出会ったことで、人生がどう変わったのかをお話していこうと思います。

エチオピア・カロ族と★

働き始めてから出会った、発展途上国

私は大学卒業後、新卒で中規模のIT系の会社にSEとして入社し、良い人間関係で平和に働いていました。

 

けど、年月が経つに連れて、やりがいを感じられなくなり「もっとやりがいのある仕事がしたい」と思うように。

 

そして、軽い気持ちで転職エージェントに相談しにいった流れで転職活動をすることになり、そこからご縁があって4年間働いた会社を辞め、広告系ITベンチャーに同じ職種で転職することになりました。

 

有給が余っていたので、退職間際に旅行に行くことにしました。

 

それまで、海外にはあまり縁がなく、特に発展途上国に関しては、大学卒業間際に一人で行ったベトナムで、バイクタクシーにぼったくられた苦い思い出がありました。

 

しかし、

「ただ旅行するだけじゃなくて、ボランティアとかをしたいな」

と思い、カンボジアのスタディーツアーに参加。

 

「地雷がまだ埋まっている」という話も聞き、びくびくしていましたが、人はとてもやさしく、訪問先の孤児院の子どもの元気さに圧倒されました。

世界遺産のアンコールワットは、やはり圧巻でした。

 

しかし、人生で初めて物乞いを見たり、居酒屋でみんなでビールを飲んでいるときに花を売りに来た子どもを見たりした際には、

「本当にこういうことをやっている人がいるんだ」

とショックを受けました。

 

カンボジアの旅行は本当に楽しかった反面、

「自分は全然世界を知らずに大人になったんだな」

と実感した旅行となりました。

とにかくしがみついて必死で生きていた転職後

流れで転職した後は、毎日大変でした。

ITベンチャー、特に広告系の性質上、常にスピードが求められ、古い技術は捨てられるという文化。

 

いかに生産的に、利益が出るかを常に求められる仕事で、結果が出せないと、現場を変えさせられるとてもシビアな世界。

 

今までと全然違う環境。即戦力が求められる中途採用なのに、明らかな実力不足。

 

プレッシャーや怒号に耐えられず、泣いてしまうことも多々あり、ストレスで過食、毎日酒を飲まずにはいられない日々、体調不良。

 

前職より厳しい分、やりがいや自己成長を感じることも多かったですが、「こんな生活はとても長くは続けられない」と思っていました。

 

そして、いつかまた海外に行きたい、世界一周をしてみたいと思うようになっていきます。

憧れのインドへ

海外に憧れがあったので、旅の本をよく読んでいました。

 

そこで、一番惹かれたのはインドでした。

「牛が道を歩いている!?」

「電車の中で話しかけられる!?」

「ガンジス川で沐浴!?」

などなど・・・

 

日本では全く想像ができないその世界にとっても興味が沸いたので、思い切って1週間の夏休みで行くことに決めました。

また一人で行く勇気がなかった私は、今回もスタディーツアーを探して申し込んだのです。

 

しかし、申し込んでから何度もやめようかと思いました。

仕事に余裕がなく、1週間休むこと自体不安でしたし、お腹が弱い私にとって、誰もがお腹を壊して帰ってくるというインドには恐怖しかなかったのです。

 

けど、そのうちインドに行った夢を見るようになり、眉間に大きい赤いニキビができたので、

「これはインドに呼ばれてるな」

と勝手に思うようになりました。

 

そして、いよいよインドへ。

 

聞いていた悪評は私にはちっともストレスではありませんでした。

フレンドリーなインド人、

美しいタージマハル、

運が良く遅れることもなく、思っていたよりずっと快適な列車などなど・・・

タージマハルの近くで出会ったインドの大家族

 

 

そこには私の知らない世界があったのです。

 

決め手となったのは、ガンジス川の対岸にある貧困層の村の学校を訪れたことでした。

 

そこで出会った子どもたちは、確かに貧しかったのですが、夢があり、目がキラキラしていました。

 

ありきたりな感想ですが、

生まれてきた国が違うだけで、どうしてこうも違うんだろう。こういう人たちのために何かしたい。

 

と思いました。

 

そこで働いている人に、

「この子たちのこと、こういう人たちが世界にいるっていうことを、忘れないでほしい」

と言われたのが印象的でした。

お絵かきする子供たち。笑顔がとても素敵。

 

インドの旅行はとてもよかったのですが、ツアーで限られた行動範囲になってしまったことが少し心残りでした。

 

自由に街を歩き回ることも、屋台での食事も、ガンジス川での沐浴もNG。

 

またいつか絶対にインドに来たい。

 

けど、そのときはバックパッカーとして来ようと決めました。

思い切って退職、そしてバックパッカーに

インドから無事帰ってきて仕事が始まって、また仕事に追われる毎日が始まりました。

 

そんな日々でもインドのことを忘れたことはなく、インドのことを考えながらも、会社の利益のためにケツを叩かれながら働く毎日でした。

 

そんな毎日が続いて1ヶ月たったある日の昼休み。突然思ったこと。

 

「もう、会社やめよう」

 

思ってからは、社長に退職の旨を伝え、3ヶ月で引き継ぎをして、本当にあっという間でした。

 

退職の旨を伝えたときは「逃げじゃないの?」と社長や同僚には言われたのですが、もうバックパッカーになることしか考えていなかったので、それで思いとどまるということはなかったです。

 

こうして、インドに行った半年後、またインドに行き、フィリピンで留学、他の東南アジアも少し旅をしました。

インドの最南端・カニャークマリの海辺にて

 

ラオスの村にホームステイ

 

フィリピン・マニラ。貧困層の人たちが集まるコミュニティ

 

会社を辞めたことを後悔したことなんて、一度もありません。世界が広がりいろんな人と出会うことができて、この道を選んだことは正解だったと心から思います。

 

やりたいことはすぐやるべきだと実感しました。

 

アフリカに行こうと思ったきっかけ

アフリカとの出会いは、子どものときから大好きだったサファリの動物番組でした。

 

草食動物が肉食動物に食べられる。そのシーンを見てかわいそうで、泣くこともありました。

 

野生の成り立ちを、動物番組に教えてもらったと思います。

 

大学生のとき、旅行会社の前で「ケニアのサファリツアー」のパンフレットを興味本位で手に取ったところ、参加費28万円。

お金がなかった私は、一瞬で諦めました。

 

旅の本を読んでいたときに、またアフリカに出会い、アフリカの本やイベントに参加をすることで情報を仕入れていました。

 

最初は「貧困」「紛争」のイメージでしたが、今はそれだけではないと。

 

その反面、ナイロビやヨハネスブルグのような都市は貧富の差がとても激しく強盗殺人も多発しているということ。

 

どういう世界か、想像がつかなかったので、恐怖心とともにまたもや興味を持ち、ぜひバックパックのタイミングで行こうと決意しました。

 

アジアに満足した私は、行ったことがないアフリカ、ヨーロッパ、中東に行って、日本に帰ってくることを決めました。

アフリカで立ち止まる

アフリカに行くと決めて、どこの国に行こうか迷ったのですが、2カ国に決めました。

 

1カ国目は、サファリがあるケニアかタンザニア。

2カ国目は、様々な特徴のある民族が未だ住んでいて、コーヒーが美味しいエチオピア。

 

そして、ボランティアもしたいと思い探したところ、タンザニアで子どもに教育のボランティアをすることができるプログラムを見つけたため、タンザニアに行くことにしました。

 

実際に、アフリカに行って、本当に様々なことを見て感じました。

 

仕事を失ってボランティアをしている同じくらいの歳の女の子

勉強を教えるにも、壊れたテーブルや椅子、真っ白な黒板

勉強するにはあまりにも不十分な環境

 

同じ年くらいの子が、

 

宗教を変えたり

学校をやめたり

父親を政府に殺されたり

元ストリートチルドレンだったり

 

と、あまりにもひどい経験をしている。

 

子供が、学校に行っているであろう時間に普通に働いている

多くの人が「お金をくれ」「ものをくれ」と言ってくる

仕事のない多くの大人が昼間からバーでビールを飲んでいる

 

しかし、そんな中でも、彼らはいつも笑顔 で、

自らを 決して悲観することなく明るく生きていた のです。

 

 

エチオピア・道を山羊が横切る様子

 

タンザニアにて、勉強を教えるボランティア

 

タンザニア・ボランティア中住んでいたところ。緑と空の青が映える。

 

タンザニア・きらきら笑顔の子どもたち

 

自分は仕事をやめて、旅をして、

なんと恵まれた環境だったことか

と気づかされました。

 

 

そして、旅をやめて、これからもアフリカと繋がっていく決意します。

 

ただ、「アフリカで何かをやりたい」と思ったとき、できることやりたいこと特にあるわけではありませんでした。

 

アフリカで感じた

✔ 教育の不足

✔ 農業環境を活かすこと

ができたらいいなと思ったのですが、自分にはノウハウがなかったのです。

 

自分に不甲斐なさを感じ、また、アフリカのツアーでお金を使い過ぎてしまい、キャッシングの引き落としができなくなったのもきっかけに、日本に帰国して考えることを決意します。

 

帰国、そしてアフリカが繋いでくれたご縁

帰国して、仕事をしながらアフリカのことなどを勉強しようと思いました。

 

そこで、まず仕事を探そうとしたのですが、心をアフリカに置いてきてしまった私には、びっくりするくらい日本での仕事を魅力的に感じられなかったのです。

 

そして、ある日某求人サイトにて

「アフリカ」

 

と検索したことが、今働いているwasshaとの出会いでした。

 

社内SEを募集していて、ずっと私がやってきたこととスキルマッチしたのです。

 

またアフリカにいく日を夢見て、今はwasshaで働いています。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

 

次回は、1ヶ月半のアフリカでの日々について書いていきたいと思います。

 

▶ブログ:~脱力しながら一生懸命~

 

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