「アフリカに行かねば!という天啓を受けた。」タンザニアでパン屋事業に至るまで。ー過去編ー

突然ですが、

アフリカと関わりながら、時には過酷な環境で、「なんでそうなる!?」と想像のはるかかなたから起こる思いがけぬ事件に毎日翻弄されながら、それでも笑顔と愛をもって生き抜いている女子って最高じゃないですか。

 

ということで、久しぶりの対談企画でございます!

 

 

酒のアテに「アフリカ系女子」のワイルド過ぎる話を聞いてみたい🍻というのがコンセプト!

 

アフリカに関わる女子と、お酒を飲みながらあんな話やこんな話を(もちろん恋愛込みで!笑)聞き出しちゃおうという、ちょっとばかり大人な企画です♥

 

第1弾は、タンザニアでド素人なのにパン屋を創業。元ストリートボーイ達と「アフリカ一のパン屋」を目指しているジャクソンさん!

 

Yuka Matsuura
マイケルジャクソンが好きすぎて自らを「ジャクソン」と名乗る、アフリカ大好き女。2019年1月現地法人を設立。ストリート生活を送っている青年に職をつくるために、タンザニアでパン屋さんをはじめました。生まれてきた環境で人生を左右されない世界になったら良いなと思います。まずは、アフリカ一のパンブランドをつくります!どうぞよろしくお願いいたします。

もちろんガチ飲み企画です🙌(揺るがぬ証拠写真↓)※インタビューは2019年12月年末に行われたものです。

 

始めたばかりのTwitterで炎上事件

初めまして!お会い出来て本当に嬉しいです。ってことで、まずは乾杯~🍻

ジャクソンがクラファンに挑戦中にツイートでリアルタイムで見てたんですよね。「パン屋経験ない人がタンザニアでパン屋するらしいぞ!?何者だ!?」ってすごいインパクトあったのでよく覚えてます。

 

クラウドファンディングについての詳細はこちらから👇

 

どーもどーも!乾杯~🍻私の話より本当は姐さんの話聞きたいくらいですが(笑)
当時はそれでプチ炎上しました。あのとき、Twitter始めたばっかりだったのでめっちゃ怖かったです・・・。

 

初心者にその洗礼はキツすぎますね・・・。クラファンの為にTwitterを始めたんですか?

 

クラファンの為っていうわけじゃなく、あんまりなにも考えてなかったんですけどね。ただTwitterのアカウントは持っていたので、せっかくだったら活用しようと思ったんです。そしたら、パン職人さんの方の一部の方たちが、「技術をなめるな💢」みたいな感じで怒った方たちがいて。

でも私の想いとしては、もちろんすごい技術をもった職人さんのことは尊敬してて、「世のため人のためにその技術を伝えるのも良いんじゃないんですか・・・?そこまで門戸を閉ざさなくても」みたいな気持ちがあって、その想いのままをつぶやいた結果、です。もう今や懐かしいですけどね、1年は経ってないですけど。

 

アフリカのきっかけは浪人時代の天啓!?


そうか、まだ1年経ってないんですね、タンザニアでのパン屋事業の挑戦自体は。そもそも、ジャクソンさんが、アフリカに興味を持ったのはいつからだったんですか?確か、スワヒリ語学科卒業されてますよね?

 

マイケル・ジャクソンが大好きでして。だから名前もジャクソンなんですけど。実は、浪人してた時にマイケルジャクソンが亡くなって。その時にすごいショックと同時に「アフリカに行こう!」と決意したんですよ。何を言ってるんだって感じででしょうけど(笑)

 

いやいや、面白いですよ!ぶっ飛んでて!(笑)それで阪大のスワヒリ語学科目指されたんですか?

 

もともと大阪大学には行きたかったんですよ。というのも、親がめちゃくちゃ厳しくて、「家を出るには九州大学以上のレベルのとこじゃないとダメだ!」って言われてて。でも、当時どうしても家が出たかったんです。それで頑張って勉強していた最中にマイケル・ジャクソンが亡くなって、「マイコーの意思を継いでアフリカに行け」という天啓を受けたんです。今思えば。

 

なるほど。そうしたら元々目指していた大阪大学に「スワヒリ語学科」あるじゃん!ってなったんですね?

 

いや、実をいうとそこまでスワヒリ語という言語に興味があったわけじゃなくて、教授たちごめんなさい!(笑)ただ、アフリカを学科レベルで勉強出来るところって、そこしか当時は見つけられなくて。なので、一直線にそこをめざし、2浪の戦いの末に合格しました。

 

戦いがちな人生ですね、その頃から(笑)

 

(笑)一旦決めたらもうそこしか見えなくなる性格なんですよね。

 

学生時代はボランティア活動でジリ貧に

スワヒリ語学科に入る学生ってやはり皆さんアフリカに興味ある人たちなんですか?

 

いや、それがそうでもないんですよ。学部が定員20名で、全学年でも80人のコミュニティーなので、全員のフルネームと顔が一致するような環境なんですけど、そこで「どうしてもアフリカのことを専門的に勉強したくて!」って人はほとんどいなかったですね。

ただ、私の場合はケニアでサイザルバッグを販売しているNGOと関わっていたので、そこでアフリカに関わる人たちには出会えましたね。

 

それは大学の中で?

 

そうです。学生団体のNGOでした。ケニアのHIVポジティブのシングルマザーたちを支援するために、作ってもらったサイザルバッグを、日本で販売するっていう活動だったんですが、販売個数に関わらず、月給みたいな感じで彼女達には渡してたんですね。

 

支援していたお母さんと、手作りのサイザルバスケット。

 

雇用していたみたいな形なんですね。

 

そうなりますね。NGOっていう体をとってたんですが、形としてはビジネス寄りでしたね。

ただ結果的には資金面で成り立たなくなってしまいました。バッグの売り方がそもそもわからない、バッグが売れない、売れないけどお金は送らないといけないから、自分たちのバイト代で不足分を補うみたいな状況に陥っちゃって。

しかも、そんなタイミングで先輩たちが卒業したりしてメンバーが一気にいなくなり、私入れて3人しかメンバーがいないという時代に突入したんですよ。

 

そうなると各自の金銭面の負担も一気に増えますよね?

 

バッグが売れない、売れないから必死にバイトしてケニアに送金するっていう、自分は一体何のためにやってるんだろう・・・本当に辛くて。でもお母さん達は大変だからなんとかしたいのにっていう気持ちとの板挟みみたいになって。これって本当に私のやりたかった国際協力なのかなって考えてしまって。

 

得意のマクドナルドスマイルで。

 

いまはいろんな世界をみてきたから、ボランティアでしか助けられない人達とか、政府もからんで巨額の資金を投じないと手がつけられない問題もたくさんあるので、結局は自分が何で満足するのか、ということなんだと思うんですけど。

私はアフリカとはビジネス面で関わっていきたいと当時は決めてて、それはどうやら世間では「ソーシャルビジネス」というらしい、ということも学んで。大学3回生の時でした。

 

学部で20年ぶりの留学生誕生!?

大学休学したのもそれくらいのタイミングですか?

 

そうですね。タンザニアの大学に留学することにしたんですが、大阪大学からダルエスサラーム大学への留学は約20年ぶりでした。

 

20年ぶりだったんですか!?意外すぎます・・・。

 

そうなんですよ。留学生はいたんですがみんな英語圏に留学してて。アフリカには夏休み中にバックパックする、みたいな人はいましたが、休学してまでスワヒリ語を学ぶ人はほとんどいなかったみたいですね。

 

現役でケニアに関わっていたのに、タンザニアにした理由ってなにかあったんですか?

 

もともとはナイロビ大学に行こうと思ってたんですよ。ただ、ちょうどケニアに行こうしていた年にテロが起きました。スワヒリ語圏の東アフリカだったらどこでもいいくらいに思っていたので、わざわざ危ないところにいかなくてもいいなって思って。

あとは、ナイロビで留学していると英語とミックスで話すことになるので、どうせ休学してまで留学するなら、ガッツリとスワヒリ語圏のタンザニアにあるダルエスサラーム大学(以下ダル大)にしようかなっていう、結果的には消去法みたいな形になりました。

 

留学初日に大学に「あんた誰?」って言われる

留学するにあたって試験みたいなのはあったんですか?

 

いや、ないです。人づてにダル大の留学課みたいなところを紹介してもらって、個人でメールのやりとりをしました。留学するのに必要な書類とか用意してくださいって言われたものも用意して郵送したりもしたんですが、途中から全く連絡が来なくなったんですよ。でも、まぁ、とりあえず書類は送ったから大丈夫かなって、タンザニアに入国して。

 

え、じゃぁ学生ビザで順調に入国ではなかったんですね。

 

最初は観光ビザで入りました。そのまま大学の留学課いって、おそらくやりとりしていた女性だろうなって人に

 

Who Are You?

 

って言われるところから始まって(笑)え、マジ・・・?そこから・・・?みたいな。もうね、「IT’S ME!!!!!!!!」って叫びたかったんですけど、とりあえず経緯を説明したら、

 

わかったわかった、とりあえず書類探すね

 

って言われて。まぁ、でもあるわけがないですよね。ちなみに送った書類って、大学の教授に書いて貰った推薦状とか、在学証明書とか、わざわざ英語にして準備したものばかりでした。

 

ないから。1から準備しなおせ。

 

って言われました。

 

うわぁぁぁぁ・・・(言葉を失う)

 

で、その時にね、悟りましたよ。「どうやらこの国はえらいテキトーなようだ」と。だからね、部屋に戻って1時間で書類全部用意しました。

 

一瞬でその環境に適応したんですね(笑)

 

しましたね(笑)WEBサイトから大学の校章とかひっぱってきて、推薦状の教授のサインも筆記体ってこんな感じかなー?ってぴょぴょぴょぴょーいって書いたりして。私の成績はもちろんオールAですよね。

 

(爆笑)1時間で作った書類を出したら・・・?

 

あっけなく受理されましたね(笑)

 

不思議に思わなかったのかな。

 

何も思わなかったみたい。

 

(一同爆笑)ついでに乾杯🍻

 

良いのか、悪いのか(笑)

 

ほんと今はわからないですけど、当時はとにかくそんな感じでしたね。でも、無事に1年間学生生活を送りました。学生ビザが下りたのも半年たってからでしたから、かなりグレーな滞在になってました。でもそれ以降、毎年途切れずスワヒリ語学科から、ダルエスサラーム大学に留学生がいくようになりました。

 

開拓しちゃってますやん(笑)

 

しちゃいましたね(笑)ただ、こんなエピソード話すと日本人は私だけってなるかもしれませんけど、実は阪大のスワヒリ語学科が留学の提携を結んでないだけで、当時は早稲田大学と東京学芸大学はダルエスサラーム大学と留学協定結んでて、交換留学で毎年単位つきで制度があった。私が留学していた2013年は、4人日本人がいました。今年は、どうやら阪大スワヒリ語学科の子が1人だけみたいなんですけど。

 

毎年留学生はいってるけど、提携は未だに阪大は結んでいない?

 

ないですね。だから、おそらく留学希望者は私みたいにメールのやりとりを自力でするところから始めてると思います。

 

「このままここで死にたくない」と退職

1年間留学して、帰国してから就職したんですよね、ボーダレス・ジャパンに。

 

よくご存知ですねー。調べ上げられてる(笑)

 

(笑)それはやっぱり「ソーシャルビジネス」に関係する仕事に就こうという目的で就活してたんですか?

 

そうですね。というか、本当は、就活せずにすぐにタンザニアに戻ろうと思ってたんですよ。その時から自分でビジネスやりたいって思っていたんで。でも、大学卒業して経験もお金もないままいきなり始めるのか、一度どこかに修行みたいな感じで就職するのか、って考えて。

その点、ボーダレス・ジャパンは完全にソーシャルビジネスだけをやっている会社で、製造業や農業や、ありとあらゆることをやってる会社なんですよ。しかも、毎年新卒で採用されたら、2年以内に社内起業するのが条件になってて。そこだったら、私がやろうとしていることが全部が叶えられるなって。

 

まさに願ったり叶ったりな条件だったんですね。

 

本当に!もうやめちゃいましたけど、マジでめっちゃいい会社です。超いい会社です。

 

就活しているアフリカ経験者の学生さん達って、アフリカと関わっていきたいけど、就職したら難しいっていう悩みを結構もってたりするから、選択肢としていいかもしれませんね!

 

実際、就活中はめっちゃ病みました。どこの企業に入っても結局アフリカから一旦は遠ざかりますからね。それに、フィードバックももらえずに「あなたのことが嫌い」って言われるみたいに感じちゃうんですよ。とにかく理由は欲しかったですね。

 

「アフリカ」っていうキーワードで人事がひいちゃうってことも起こってるみたいですしね。

 

そうですね。自分の手には負えない子かもってなる可能性はある。

 

そういうの感じたことありました?ダル大で1年間の留学経験者ってレアでしょう?

 

大手企業とか全然受けてなくて、あえてそういうことを言われる可能性を自ずと避けていた部分はあるかもしれないですね。ベンチャーばっかりみてましたね。

 

受ける会社とかはどんな基準で選んだんですか?

 

実は大学時代、自分でアクセサリー作って売っていたんですよ。その延長線で考えて、例えば現地で製造して、マーケットを日本にして、ブランドとして立ち上げるっていうことを将来するとすれば、社会人として積んだ方がいいのは「マーケティング経験」かなって思ったので、マーケティングっていうキーワードを頼りに、それに強そうなところろか、いろんな経験を積めそうなベンチャーばかりみてました。

 

ボーダレス・ジャパンには何年いたんですか?

 

3年経つ前に離れました。すごい優秀な集団なんですよ。で、そこについて行けないというか、自分がいざその中で起業家として動いているっていうイメージを持つことが出来なかった。でも、タンザニアで起業したいっていう夢は持ち続けてたので、未だにうまくは表現できないんですけど、すごい苦しくなっちゃって。

何が一番プレッシャーだったかというと、若手の段階で起業するってすごい良い制度なんですけど、会社の、みんなが死に物狂いで作ってきたお金を使って立ち上げて、それで利益が回収出来なかった場合とか、失敗した場合とか考えたら、いつまでたってもこの環境で起業する自信が持てなくて。この環境だと自分は死ぬまでここで働いても、自信がもてないって思ってしまいました。

このままここで死にたくないなって。

 

それはまた壮大に考えましたね。でもその決意があったからこそタンザニアでの起業にいよいよ乗り出すんですもんね!

 

次回予告

退職後、3ヶ月の予定でタンザニアに戻りそこで「パン屋」」をやることを決意。そこからはもう誰にも止められない!覚悟を持ってやる通すのみ。クラファンの準備、達成、そしてパン屋の不動産契約で揉め、買った機材は届かず・・・。トラブル続きのタンザニア起業、それでもジャクソンさんは言い切るのだ、「どんなに運命に翻弄されたとしても、それは全部自分のせい」だと。

ー明日、5月10日公開予定!ー

ジャクソンからのお知らせ🙌

 

最後まで読んでいただきありがとうございます!

取材をうけて早5ヶ月・・・現在もタンザニアでパン屋を経営していますが、コロナの影響でお店を無期限一時休業することになってしまいました

 

私自身無収入(!)になってしまうのですが、社員のお給料はなんとか捻出し続けなければならない。。ということで、どうか皆さま、お力を貸してください。

 

「NETFLIXとビールさえあればお家時間は毎日優勝」

「子どもはいい子ちゃんだし困ってない」

「好きな子にLINEするなんて朝飯前。電話かければ声聴けるしモーマンタイ俺イケメン。」

 

とかっていう本音は置いておいて、一度でいいからオンラインでジャクソンと、ボーイズとお話しましょう?!してください、お願いいたします!🙇‍♀️

 

【こんな人にオススメ!】
  • 久しぶりに友達とワイワイしたい
  • パン生地捏ねてストレス解消したい
  • 普通にパン作り習いたい
  • 気になるあの子と一緒に何かしらする口実を作りたい
  • 元ストリートボーイズの話を聞きたい
  • タンザニア起業のあれこれを聞きたい
  • とにかくジャクソンと絡みたい


ボーイズ(うちの社員)と話したい!という方、ジャクソンが随時通訳いたします。

 

 

また、作業中でも私やボーイズに質問等ありましたらどしどししてもらって大丈夫です。

「ボーイズはいい。とにかくジャクソンを独占したい。」というご要望もお待ちしております(そんな奴おるか)。

あ、こう見えてパン作りは真面目にやっている者ですので、普通にパンづくりを習いたい!という方も、もちろんいらしてくださいね!(笑)

 

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