南アフリカ ケープタウン大学大学院で留学中のSaoriと申します。
私の大学院留学のきっかけになったのが、南アフリカにあるHIV臨床治験現場でのインターンシップ。
簡易検査でHIV感染と診断された女子高生や、HIV感染者の夫とコンドーム無しで性行為を行う夫人との出会いなど、HIV感染症を取り巻く問題を目の当たりにしました。
今回は、私がインターンシップを通して知った南アフリカのリアルな現状についてお伝えしたいと思います。
この記事の目次
そもそもインターンシップをするに至った経緯
インターンシップに参加したのは修士1年生の頃。南アフリカでHIV研究をするために、留学の道を模索しているところでした。
大学院留学に繋がるようなコネが一切無かった私。「インターンシップで留学のきっかけを作れないか?」と思いつきました。
ネットで検索していたところ、ケープタウン市内にあるHIV関連の臨床治験施設の情報を発見。臨床治験の経験がゼロの私を引き受けてもらえるか不安でしたが、「行けたらラッキー」程度の思いで書類を提出しました。
1ヶ月ほど経ったころ、希望を出していた治験サイトにてインターンシップ生を1人募集しているとの連絡が。
「これはチャンス!」とすぐ返信をし、晴れて3ヶ月間のインターンシップに行ける運びになりました。
インターンシップ先での仕事内容
サハラ以南のアフリカ諸国ではHIV感染者の70%を占めています。患者が多い南アフリカでは、臨床治験も数多く行われています。
私のインターンシップ先は、反アパルトヘイト活動家/ノーベル平和賞受賞者のデズモンド・ツツ氏が支援しているDesmond Tutu HIV Foundation (DTHF)という財団でした。
臨床治験はケープタウン大学大学病院にある、臨床治験専門のクリニックにて行われています。
インターンシップ先 | デズモンド・ツツHIV財団 (Groote Schuur Hospital HIV Clinical Research Site Unit) |
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ホームページ | https://desmondtutuhivfoundation.org.za/ |
期間 | 3ヶ月間 (2018年2月 - 4月) |
仕事内容 | データ キャプチャリング/ 事務雑務/ 診察見学/ 別のクリニックへ見学 |
インターンシップ先で与えられたメインの仕事は、若手医師2人の臨床研究のお手伝い。患者のカルテから研究に必要な箇所を探し出し、エクセルにまとめる仕事(データ キャプチャリング)を任されました。
その他に、事務作業や、診察の見学、貧困層が暮らす地域にあるクリニックへの訪問もさせてもらいました。
それまでHIVの基礎研究しか行ってこなかった私にとって、実際に患者に接するという機会はとても貴重な経験になりました。
臨床治験の現場で垣間見た、南アフリカが抱える問題
治験には主にHIV感染者、男性同性愛者、HIV感染のリスクが高い女性などが参加されていました。人種はほどんどが黒人でした。
ちなみに、HIVの感染リスクが高くなる原因は
- 避妊具(コンドーム)を使わずに性交渉を行う
- 複数のパートナーがいる
- (注射針を使った)ドラッグの使用 などです。
インターンシップで見えてきたのは、HIV/AIDS問題を取り巻く南アフリカのリアルな現状でした。
女性は弱い立場
南アフリカでは女性が社会的・経済的に弱い立場に置かれています。特に黒人のコミュニティーでは、そういった問題が顕著に見られます。
私がインターンシップで出会った女性の中には、
- 夫に暴力を振るわれたと診察時に泣き始めた夫人。
- 交際相手に避妊手段について相談できない若い女性。
- 財力を持つ年配の男性(シュガーダディー)と交際し、相手の言う通りに従ってしまう若い女性。
など、男性に金銭的・経済的に頼っているが故に不平等な扱いを受けてしまうケースが多いようでした。
また、アフリカでは若い女性のHIV感染のリスクが非常に高いと言われています。
私もインターンシップ中に、18歳の女の子がHIV感染と診断される場面に遭遇するなど、若い世代でHIV感染が広まっている現状を目の当たりにしました。
スティグマによる差別・偏見
HIV感染に根強くつきまとうのが、スティグマです。
南アフリカでは、HIV感染に対して間違った理解を持ち続けている人が多くいます。特に、教育を十分に受けられていない貧困層を中心に誤った噂が広まっています。
HIV感染者だと知られると、集落から追い出されたり身体的に攻撃を受ける可能性があります。近所にバレないよう、わざと家から遠い病院に通ったり、病院を転々とすることは南アフリカでよくあるケースです。また、身近な家族にさえ打ち明けられない人たちも多いです。
男性同性愛者はHIV感染だけではなくジェンダー問題も絡むため、さらに周りに打ち明けにくくなります。性行動を職業とするセックスウォーカーも差別されやすく、HIV陽性であることをオープンにできないというのが現状です。
教育水準の低さ、知識の少なさ
南アフリカでは教育が平等に行き届いておらず、貧困層ほど教育水準が低い傾向にあります。教育をちゃんと受けられていないと、性感染についての知識が十分でないこともしばしば。
たとえば、臨床治験に参加されていた40代の女性。夫がHIV陽性であることを把握しているにも関わらず、医師の「いつもコンドームをつけて性行為をしていますか?」という質問に対して「sometime (たまにね)」とあっけらかんと答えるなど、正しい知識を持っておらず、感染リスクを上げてしまっている様子が伺えました。
ドラッグが蔓延する社会
南アフリカではドラッグが蔓延しており、特にケープタウンでは薬物使用件数が非常に多いと言われています。
注射を使ったドラッグの使用はHIV感染のリスクにも繋がるため、診察時によく質問されます。治験参加者の中でドラックを使用している人が多かったのも驚きでしたが、それを包み隠さず医師に伝えているのがとても衝撃的でした。
患者はなぜ臨床治験に参加するのか?
私が行った当時、インターンシップ先ではHIV感染リスクが高いと判断された女性を対象にした感染予防ワクチンの治験(AMP study)や、男性同性愛者を対象にしたPrEPと呼ばれるHIV感染予防薬の有効性を調べる治験(HPTN 083)などが実施されていました。
上に挙げた治験では、血液検査、尿検査、綿棒を使って採取する肛囲スワブ/子宮頸部スワブなど多くの検査項目があります。
検診では、交際経歴、過去数ヶ月間の性行為の回数、避妊具を付けているか等の質問も含まれます。さらに、治験を全て終えるのにトータル15回以上クリニックに通う必要があります。
検体回収の項目や、(医者相手とは言え)プライベートな質問、そしてクリニックに通う回数を考えると、「検体回収を面倒だと思わないのか?」「どのような点にメリットを感じているのか?」と疑問に思ってしまいます。
その答えは診察の様子を見学するうちに明らかになってきました。
未来の医療に貢献したいから
人口のおよそ13%がHIVに感染している南アフリカ。HIV/AIDS問題は国内で様々な影響をもたらしています。
「国の社会に貢献できるから、未来の子供達のためになるから」という理由で治験に参加しているという声が多くありました。
HIV感染リスクの軽減に関心があるから
HIV感染を予防できるPrEP(プレップ)は欧米を中心に広がっており、南アフリカでも導入されています。
HIV感染リスクが高いとされる男性同性愛者(ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の方はHIV予防薬に関心があり、それが治験参加への決め手になっているようでした。
謝礼が貰えるから
臨床治験では、開発された新薬や治療薬が有効性/安全性を人を対象に検証します。
ボランティアで参加するのですが、治験参加者にはある程度の謝礼が支払われることが多いです。インターンシップ先では、1回のクリニック訪問につき1000円程度の謝礼が渡されていました。
多くの南アフリカ人にとって、こうした謝礼は家族を養える貴重な資金になります。謝礼欲しさに参加している人が一番多いようでした。
一方で、治験実施側は参加者のモチベーションを維持するために(ドロップアウトを防ぐために)、回数を重ねるごとに謝礼を増やすなどの策を講じることもしばしばです。
新薬/治療薬を検証したい研究者(医師)と、お金のために参加する人。Win-winな関係なのかもしれないですが、少しお金で釣っているようにも映りました。
頻繁に医者に診てもらえるから
もう一つアフリカらしい回答だなと思ったのが、治験に参加することで医者に診てもらえる機会が増えるという理由です。
アフリカではお金の負担が少ない国立病院に人が殺到します。医者に診てもらえるまでに長時間待つことも当たり前です。
治験参加者は専門のクリニックに通うことになるので、待ち時間も少なくなります。頻繁に医師に健康相談ができることにメリットを感じている人も多くいるようでした。
おわりに
以上が私が臨床治験のインターンシップで感じた、南アフリカのHIV感染を取り巻くリアルな現状でした。
インターンシップでは南アフリカが抱える問題を目の当たりにし、考えさせられることが多くありました。また、臨床治験という領域の面白さを知り、留学に繋がる貴重な経験にもなりました。