スーダンに帰ることを決めた理由。突き動かされた1枚の写真 -リヤード齊木‐

スーダン在住の日本人・リヤード齊木のスーダン実録第5章。言論統制や政情不安、日本に入る情報が極端に少ない今、現地に住む齊木さんがリアルな内情を綴る。

ボランティアが繋いだ日本とスーダン

これまで理想郷スーダンとの出会いや長年積み重なった構造的な問題の表面化で社会が崩壊しかかっていることをお話ししてきました。それを踏まえ、私がスーダンで行おうとしていることについて書いていきます。

 

スーダンの首都ハルツームにあるハルツーム大学アフリカ・アジア研究所では、2012年からJICAの青年海外協力隊日本語教師が派遣されてきました。学習意欲のある人ならだれでも受講できるオープン講座として日本語のクラスが開講され、日本に興味を持つスーダン人が日本語を学んできました。

 

日系企業の進出もなく、学んでも就職にも役立たない日本から遠く離れたこの地で、毎学期100人を超す受講者が熱心に学ぶ姿をみて日本人として誇らしい気持ちを抱かせてくれました。

 

私は障害児者支援の隊員で日本語教師ではありませんでしたが、柔道の練習日本料理教室の開催などを通して親交を深めていました。

 

そしてその成果を発揮する場として、年に一度ジャパンデイというイベントをハルツーム大学、在スーダン日本国大使館、JICAスーダン事務所が共同となって行ってきました。日本の文化を広くスーダンに紹介するこのイベントは来場者2000人を超えるビッグイベントとなり、スーダンの人々に日本について知ってもらう良い機会となっていました。

また2017年にはスーダンで初の日本語能力テストJLPTが実施され、今まで学んだ日本語が目に見える価値として公式に証明されることになりました。このテストは留学審査にも使われる日本の公式なテストですので、学習者が未来に羽ばたけるチャンスとなるのです。それを最も証明してくれたのがシリアから受験のためにきた一人の若者でした。

シリアから来た青年 内戦のシリアで夢を掴む

前回の記事で書いたように湾岸諸国はシリア人の受け入れを拒否し、長年難民を受け入れてきたトルコやレバノンなどの周辺国もキャパシティの限界により受け入れを制限しているため、シリア人が行ける場所は非常に限られています。

 

2018年、そんな戦禍のシリアから「スーダンで行われたJLPTを受験したい」というメールが届いたのです。しかもその受験級はN1(英検1級相当)という最難関に挑戦するものでした。

 

シリアは内戦のさなかですからJLPTを開催することはできず、もし受験をしたいなら他国に行く必要があります。スーダンはシリア人の入国に制限をかけていないため、スーダンで行われるようになったJLPTはシリア人にとっても受験のチャンスが巡ってきたということになったのです。

 

試験当日、本当に来るのかどうか半信半疑だった私たちのもとにシリアから青年が現れました。彼は非常に流ちょうな日本語で、受験に至った動機を話してくれました。

 

彼はもともと日本のアニメが好きで、子どもの頃からアニメのクリエイターになる夢を持っていたそうですが、内戦が始まった当初は未来への希望が持てなくなり、その夢をあきらめてしまいました。しかし、内戦のなか彼を支えたのも日本のアニメでした。そして人に夢を伝えられるアニメーターになりたいという思いは前よりも強くなり、日本に必ず行くんだという信念を抱くようになったそうです。

 

JLPTが日本の留学生受け入れの要件となっていることを知った彼は、いつかチャンスが来るのではないかと思い、ネットを駆使して参考書を手に入れたり、日本人とオンラインで話したりして独学で日本語を身に着けていきました。

 

そしてスーダンでJLPTが開催されるようになりスーダン人だけでなく、遠く離れたシリア人の夢を掴むチャンスが訪れたのです。彼は見事にJLPTN1に合格し現在日本に留学し、アニメーターになる夢を追いかけています。どんなに困難な状態にあっても夢を持ち、挑戦することの大切さを教えてくれたのです。

スーダン革命による青年海外協力隊の撤退

20194月スーダンの民主化を求める無防備なデモ隊に前政権が発砲し、多くの尊い命が犠牲となりました。さらに外務省の危険度レベルが引き上げられたことにより、青年海外協力隊が撤退することとなってしまいました。そして、日本語講座はずっとボランティアが教師となっていたため、教師が不在となり授業は中断されました。いまも開講されずに閉じたままとなっています。

 

 

スーダンの民主制を求めるデモのニュースは日本でも報道され、注目を集めました。そのニュースのなかに私の心を強く突き動かされた一枚の写真がありました。

 

そこに写っていたのは、日本語のプラカードを手にデモに参加しているスーダン人の友人たちの姿だったのです。狙撃され命の危険もあるなかでの民主化を求めた抗議の姿は、私の心を強く突き動かしました。言葉には人の心を動かす力があると確信した瞬間でもありました。次の瞬間には私は日本語教師養成講座に申し込んでいました。スーダンに絶対帰ろうと思ったのです。

 

かつてのシリア人が夢を抱き、決してあきらめずに勉強を続けチャンスが来るのを待っていたように、日本語を学ぶ機会が失われ、また経済が崩壊しかけているスーダンでも独学で日本語の学習を続けている人がいます。その夢をつなぐためには日本語講座の再開が必要です。

 

次の記事では私の叶えたい未来の姿にフォーカスしたいと思います。

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