「支援の対象」として踏み出したタンザニア。伝統文化と守るべき人権

「ジャンプがすごいマサイ族」「支援する対象」そんな固定観念を持っていた女子大生が、休学して挑んだタンザニアの地で感じたものとは。パワフルで表情豊かなジュリさんのはっとさせられる言葉の数々が、あなたの心を突き動かすかもしれない。

普通の留学に憧れていた私がアフリカ行きを決めたワケ

はじめまして、自粛中のカモノジュリです!

私は昨年9月から大学を休学し、アフリカ大陸のタンザニア人民共和国に長期ボランティアとして滞在していましたが、先月コロナウイルスの影響で、予定より早く帰国しました。

「なんで10か月もアフリカに!?」

 

多くの方にめちゃくちゃ驚かれます。まだ日本人にとってアフリカ大陸は発展途上国」「未開拓地というイメージだからかもしれません。行った理由は単純に発展途上国に興味があったのと「アフリカに行きたい」その気持ちだけです。

 

といっても実は1年前はカナダ留学を決めていた自分がいました。色んな国からの留学生とマックブック片手にスタバでしゃべる、そんな光景にすごく憧れていたのです。

 

ただ私の携帯の検索履歴にはずっと「アフリカ・ボランティア」があって。

 

あー迷っている時点でもうこれは行くしかない!と思い決断しました。とりあえず母親に「は!?」と叫ばれたのだけは覚えています。

 

ただ今、後悔はしていません。私にとってのアフリカ生活は日本での日常とは全く違うけれど、びっくりするくらい充実していて素敵であっという間だったからです。

マサイと過ごした2か月間

今日はタンザニア生活の中で一番気持ちを動かされた2カ月の出来事を書きたいと思います。

突然ですが、皆さん「マサイ」という名を一度は聞いたことがあるでしょうか?? ジャンプで有名な人たち布を巻くだけの服装野菜を食べない、…日本ではどちらかというと名前で面白がられる人たちですよね。

私のイメージも同じでした。渡航前は周りの人 に「マサイ修行行ってくるわ~!!」と笑いをとって一生で絶対できない経験だ!という絶大な期待と共に中心地から離れた場所で活動する「マサイ村落活動」というプロジェクトに2カ月間の参加を決めました。

 

活動場所はンゴロンゴロ自然保全地域という自然公園の中にある、支援を必要とするマサイの子どもたちが通う学校です。自然公園の中なので休み時間は子どもが野生のシマウマを追いかけて遊んでいたり、運が良いとキリンが学校の前を横切るのを見る事ができました。

 

あまりにもライオンキングの世界だったので歌の冒頭部分を叫んだら見事にしらけました。とにかく「アフリカや!!!」と感じる毎日で、時間が止まればよいのになんて思ったりしました。そして時々、日本が人間にとって先進国ならば、動物にとっては途上国なのかもしれない、 そんな事も考えました。

関わることで変わった世界への見方

私の活動内容は学校で英語と算数と理科を教える事で、1日9時間を一人でぶっ通しで教え、 毎週行う手書きのテストの準備や放課後の草刈りまで、正直最強に疲れる日々でした。

 

でもその疲れはあーもう無理といったマイナスな疲れではなく「うおお今日も頑張った明日もやるぞ!」という気持ちだったのです。そして私の姿が少し見えただけで「ティーチャージュリー!!」と叫んで走ってくる子ども達を見ると「ああもうなんだってやるわワタス」となりました。

親元を離れ寮生活をしている子どもの中にはたくさんの背景があります。6歳で結婚させられ夫から逃げてきた子、唯一の片親から暴力をふるわれた子、親が刑務所にいる子、障害が原因で親から捨てられストリートで暮らしていた子、実際に目の前で親が子どもの責任を取りたくないと逃げる光景も目にしました。

 

きっと日本にいたら「アフリカだからあることなのかな」と片付けてしまう自分はいたと思います。ただその時は目の前にいる子どもが、何を経験して、どんな事を抱えていて、知らなくて良いはずの感情を知って、それでも笑っていて、生きていて、私の名前を呼んでいる、その顔を見るとなんで世界はこんなに変わっちゃうんだろうと自分の無力さに涙が出ました。

 

同時にマサイの子ども達は私よりよっぽど大人で強く、私の持っていないものを持っている気がしました。よくお金で買えないものがあると言いますが、この瞬間初めてその意味が分かった気がします。

伝統という壁

一番悩んだのはマサイの今も続く伝統文化です。基本的に男性は牛の責任を持ち、女性は家の責任を持ちますが、女性は何に対しても意見を持つことを許されていません。

 

結婚に関しても全てを父親が決めるので、生まれる前から結婚相手が決まっている子もいますし、ほとんどの子どもが12歳までに知らない男性と結婚します。妻がたくさんいるほどマサイ族としての価値は高いからです。

 

交換条件は牛の数、1匹と1人の女の子を変える人もいれば 100 匹と変える人もいます。そのため子ども一人がいなくなるのは牛が1匹いなくなるのと同じ事だ」と言う男性もいました。信じられない文章ですがこれは今この瞬間も続いているマサイ族にとっての日常であり文化です。

私の活動場所の学校にも小学生にして既に夫がいる子どもが何人かいました。 この婚姻文化を、伝統文化として大切にするべきだと放っておいていい問題なのか。どこまで私は踏み込むべきなのか、そもそも自分に踏み込む勇気はあるのか。私はまだまだ声を張る覚悟も彼らの将来を守ると約束する事もできないちっぽけな大学生でした。

 

他国でジャンプで面白がられるマサイという伝統文化が現場では圧力となりそれに苦しむ人がいる、外から来た外国人の私には変える事のできない大きな壁でした。

出会いと別れ「きっと私はまたここに戻る」

二度とできないと思い自分の楽しさを一番に考えて決意したここでの異生活、今までの人生で一番いろんな感情を知り、いろんな感情を持った子と出会いました。伝統の大切さと厳しさ、自然の美しさ、子どもの賢さ、優しさ、強さと笑顔。きっと私はまたここに戻る、そう強く思い村とお別れをしました。

 

知らない世界に一人で飛び込み、1日で驚き、1週間で耐えられないと思った初アフリカ生活に1カ月で慣れ、当たり前じゃなかったはずの事が自分の日常になっている。不思議だけれど私にとって、この国タンザニアで出会った「支援する対象」だった人たちはもうその線を越えてしまった気がします。

日本にいる私もタンザニアにいるあの人も同じ一日を同じように泣いて笑って生きている。だからこそ彼らのように一生懸命「今日」という日を使わなければ、と思います。私が彼らにもらったものも、きっとお金では得られないものです。

 

ボランティアってもしかしたら「知ること」なのかもしれません。私はこの国で知った沢山の感情を失くしたくないと思います。同時に他の人に知ってほしいとも思います。

 

ここまで読んでくださった方ありがとうございました(^^)/

 

もう一度タンザニアの地に戻れる事を心から願っています。