アフリカに魅せられて。牛舎跡地の古着屋さんがOPEN【BYRE】-小野 将平-

初めまして!東京都調布市にある牛舎跡地で古着屋をやっている小野 将平です。

 

 

今回、アフリカが好きというキッカケからTwitterを通してALL ABOUT AFRICAの管理人であるマサヤさんにお会いし、記事を書かせて頂く事になりました。

 

アフリカでインスピレーションを受け立ち上げた古着屋BYRE

 

この記事では、私がアフリカと出会ってから牛舎跡地で古着屋を始めるまでを書いていきたいと思います。

 

アフリカとの出会い

私がアフリカと出会ったのは、今から4年前の大学2年生の夏でした。

 

私の母校、専修大学経済学部国際経済学科には、学校のカリキュラムの中にNGOという選択授業がありました。ざっくりその授業の内容をまとめると、「生徒一人ひとりが夏休みの間に世界様々な地域のボランティアツアーなどに参加し、レポートを作成する」という授業でした。

 

その当時、私は正直アフリカには全くと言ってもいいぐらい興味はなく、むしろアメリカのカルチャーにすごく憧れていました。

 

しかし、地域や国によって学校から出る補助金が違い、その中でもアフリカや南米は補助金が一番高かったのです。

 

その時の私は、一番補助金が出て海外に行けるなら、どうせ自分では一生行くことがないアフリカに行こうと、なんとなくからアフリカ行きを決定しました。今思うと初めてのアフリカとの出会いはとても不純な理由でした(笑)

 

いざアフリカへ

夏休みへ突入し、私は初海外&初アフリカへ旅立ちました。

 

当然ではありますが、アフリカに行くことが決まった時には、親から散々安全なのかなど毎日のように聞かれました。でも僕の性格的に「なんでもなるようになるし、行くと決めたら何を言われても関係がない」という思いが強く、なんだかんだ出発当日になり私は、アフリカはタンザニアへ飛び立ちました。

 

初めての海外でアフリカって今思うと中々ぶっ飛んでいますよね(笑)

 

それに英語も喋れない、長時間の飛行機も初めてで、特にドバイでのトランジットは、英語がわからない僕にはめちゃめちゃハードルが高かったです。実は、その時のツアーには、私以外にもあと二人日本人の参加者の方がいて、ドバイ空港で合流したのも印象的で覚えています。それから乗り継いでタンザニアのダルエルサラームへ着きました。

 

初めての海外でダルエスサラームの入国を終え空港を出た時には、言葉には表せないけどとても衝撃的で全てが新鮮でした。そして始まったタンザニアでの約二週間のスタディーツアー、最初の一週間はどちらかというと観光に近く都市部の観光地を回りました。

 

それから一週間経ち、農村滞在&サファリに行くために大型バスに乗り、6時間ほどかけてタンザニア南東部のモロゴロ州キンゴルウィラ村へ向かいました。

 

そこでは村の人たちと同じ生活を体験するという目的で、村にある家庭にホームステイをしました。ホストファミリーのお母さんが僕のために鶏を捌いてくれて、その時の鶏の断末魔は、今も鮮明に記憶に残っています(笑)

 

でも、その時に今まで以上に食べ物に対する感謝やありがたさにさらに気がつけたことは、今でも勉強になって確実に私の人生でもいい体験だったなと思います。

 

初めてのタンザニアは、とにかく様々なことに圧倒され感動し、全てが新鮮で全てが勉強になっりました。もうこの時には私はアフリカの虜になっていたのだろうと思います。

 

 

楽しかったし、新鮮だったからこそ二週間は本当に一瞬にして去っていて、気が付いたら帰国の日になり、タンザニア滞在を通して見てきたものや体験したことについて考えながら私の初めてのアフリカは幕を閉じました。

2回目アフリカの旅

たくさん衝撃を受け、日本に帰国してからもどうしてもアフリカが忘れられなくて来年の夏にもう一回違うアフリカの国に遊びに行こうと思い、そこからバイトをコツコツして南アフリカ・ケープタウン行き航空券を買いました。

 

正直かなり高かったけど、それ以上に「アフリカに行きたい」という気持ちが強く、何も迷う事はありませんでした。大学に行きバイトをして遊んでという毎日を過ごしていたらあっという間に一年が経ち、私はケープタウンに飛び立ちました。

 

 

初めてケープタウンに着いた時には、またタンザニアとは全く違う印象を受けました。UBERに乗りAirbnbでホームステイをする家へと向かいました。

 

約束の時間に滞在先へと着いたのに、旅行初心者&英語が喋れない僕は連絡手段がなく路頭に迷っていると滞在先の目の前にある家のカップルが助けてくれ、電話までしてくれてなんとか家のオーナーに会うことができました。

 

その時のオーナーは30代女性で彼氏と一緒に住んでいる方で、まさか後に彼女達カップルが僕にとって家族のような存在になるとは一ミリも思っていませんでした。当時は、本当に英語が喋れず聞き取る事はできても返せなく、会話になりませんでした。

 

それでも彼女は毎日色々喋りかけてくれたり話を振ってくれてご飯を一緒に食べに行ったり、彼氏の友人達とのBBQなどにも連れて行ってくれました。

 

 

初めて訪れる場所で正直心細いと思うことも多々あったけれど、彼女達がいたからあの時の旅行はさらに楽しかったのだろうと思います。当然前回のタンザニアと同様に全てが新鮮で、あっという間に私の二週間の旅は終わってしまいました。

 

帰国する時、彼女達と日本に帰っても連絡を取り合おうと言って別れました。

約一年間のケープタウン留学

帰国してから、楽しかったなという思い出と同時に英語をもっとはなせたらという悔しさが強く、今しかないと約一年間のケープタウン留学を決意しました。そこから私は少しずつ準備を始め何度も南アフリカ大使館に行きなんとか学生VISAを取得することができました。

 

今思うとどれだけアフリカに魅せられていたのだろうと思いますね(笑)

 

あっという間にまた出発の日になり、前回のケープタウンから半年でまたケープタウンへと飛び立ちました。約半年ぶりに前回のAirbnbの彼女達に会った時はとても嬉しかったです。

 

学校生活が始まり、世界各国からやってくる生徒達との共同生活で、正直最初の3ヶ月はホームシックや自分の英語のできなさに毎日が辛く弱音を吐くことが多かったです。でも「だからといってただ嘆いているだけでは変わらない」と思いとにかく勉強をし、積極的にいろんな国の生徒達と英語を話すことを意識して生活しました。

今でも自分の英語力には満足はしていませんが、南アフリカで過ごした約1年は本当に色々な経験になり今の仕事にも生きてきているなと思います。

留学から帰国後現在の仕事に至るまで

印象に残っていることは沢山あり書ききれませんが、その中でも今の僕の仕事につながるきっかけになった場所がケープタウンにあって、それはOld Biscuit mill という場所です。

 

その場所は、もともと工場の跡地ですが現在は週末にフード、アパレル、雑貨などとにかくたくさんの出店者が集まり観光客や現地のお客さんでとにかく賑わっていました。中にはアートギャラリーやレストランなどもありました。私が初めて訪れたとき、こういう場所ってすごくいいなと思うと同時に日本にもこういうような場所を作りたいと思いました。

 

 

しかし現実的にはかなり規模も大きくいきなりやるにはかなり難しいと思い、少しずつ形にして行けたらと思いました。まずは昔から私が好きだった洋服関係でお店を始めてみようと南アフリカ留学後に決めました。

 

それから少しずつ清掃や内装を作っていきました。色々な人のお陰でなんとか2019年10月に古着屋をオープンすることができ、現在に至っております。

 

今後は、Old biscuit millのような場所を目指しつつ自分なりに再解釈してオリジナルな場所にして行けたらと思います。

 

同時にアフリカにはお世話になった方々や思入れも強いため、今後はおしゃれな中にアフリカンテイストを織り交ぜたイベントや、日本の方々に少しでもアフリカを近く感じていただけるようなことを考えて常に進化していきたいと思っております。

 

常に様々なジャンルでのポップアップ、展示、提案を受け付けていますので是非ご連絡をお待ちしております。