![第5回スワヒリ語学習室【あいさつ編】 その他のあいさつ](https://all-about-africa.com/wp-content/uploads/2018/09/image_asante.jpeg)
まだまだある!よく使うあいさつ
その他のあいさつ
1) Asante.
→「ありがとう」
発音: アサンテ
返答: Bila asante. ビラ アサンテ
Si kitu. シ キトゥ
Si neno. シ ネノ
2) Samahani.
→「すみません」
発音: サマハニ
返答例: Bila samahani. ビラ サマハニ
Usijali. ウシジャリ
3) Hodi.
→「ごめんください」
発音: ホディ
返答例: Karibu. カリブ
4) Pole.
→「お疲れ様 / ドンマイ」
発音: ポレ
返答例: Asante. アサンテ
5) Kwa heri.
→「さようなら」
発音: クワ ヘリ
返答例: Kwa heri. クワ ヘリ
では、会話例を見てみましょう!
会話例
A:Hujambo? 「こんにちは。」
B:Sijambo. 「こんにちは。」
A:Karibu chai. 「お茶をどうぞ。」
B:Asante sana. 「どうもありがとう。」
A:Bila asante. 「どういたしまして。」
第5回はこれで終わりです。みなさん、ここまで見てくれて、Asanteni sana! どうもありがとうございました!
第6回では自己紹介の言い方についてご紹介します。それでは Kwa herini! さようなら!
ここに紹介されている挨拶、日本人なら必須の挨拶言葉ですね。特に、「ありがとう」と「すみません」。これなしに、日本語のコミュニケーションは成り立たないくらい。
日本語の潤滑油と言ってもいいですね。私たちは「ありがとう」と言うことを忘れず、どんな場面でもすかさず「すみません」を言う。話しかける時はいうまでもなく、自分に非がなさそうな時でも「すみません」。とりあえず、あやまっておけ、みたいな?
これ、良くも悪くも「調和」を重んじる日本人気質のあらわれですね。相手と対立しないための「すみません」。相手の気持ちを害さないための「ありがとう」。
でも、アフリカでは、この価値観、ちょっと違う。相手と対立しないことを、それほど尊ばない。相手の気持ちを害さないことを、それほど気にしない。だから、実はあんまり耳にすることがない、Asante と Samahani。
いや、まったく使われないことはないですよ。小さな子どもがお菓子をもらったら、「Asante は?」って大人に促されて 「アサンテェ~」ってかわいく言う場面はよく見かけますが、それは、大人に対する礼儀を教えるために、という感じ。
大人の普段のコミュニケーションにおいて、日本人が「ありがとう」や「すみません」を使う頻度に比べれば、彼らが Asante や Samahani を使う頻度はずっと少ないし、よほどの場面でしか耳にしない、という感じです。
じゃ、彼らは感謝していないのか、謝罪の気持ちはないのか、と思うかもしれないけれど、何に対して「感謝」し「謝罪」するのか、というのも、文化によって大きく異なると思います。
ちょっとした親切をしてもらったり、物をもらったりして「感謝」するのは、実は「他人行儀」なもの。親切をしたり、物をあげたりするのは人間、お互いさまなんだよ、と思う文化の中では、そんなにいちいち「ありがとう」を言う必要もない。
また、ちょっとした非に対して「謝罪」するのは、自分の罪を認めるようなもの。相手の身に起こるちょっとした「不幸」は、こちらのせいではないんだよ。市場で買ったオレンジ、6つ袋に入っていて、2つが腐っていた。「これ、2つも腐ってたんですけど!」ってお店の人に文句言ったら、「すみません」の一言を待つのが日本人だけど、スワヒリ語なら “Pole!” が返ってくればいい方で、“Bahati mbaya”(運が悪かったね)と言われるのがおち。謝ってもらおうなんて思わずに、さっさと2つ交換してもらおう。
そう! Asante や Samahani に比べて、一番よく聞かれるのは Pole。これはよく使われるので覚えておこう。基本は「相手を慰める」ための言葉。日本語では一語で表現するのが難しい言葉です。
「お気の毒に」とか「お疲れさま」、「かわいそうに」。果ては、お葬式で「ご愁傷さまです」という場面でも使われます。
自分が相手の足を踏んづけちゃっても “Pole!” でOK。日本語なら当然「すみません」の場面だけど、痛がる相手を慰める視点、なんだね。
お葬式で、”Pole sana.” と挨拶すると、”Nimeshapoa.” と返答されます。直訳は「もう癒えました」ですが、まだまだ癒えてなくても、とりあえずこう言うのは、やっぱり挨拶の定型表現だからですね。